番外編

□伝い落ちるもの
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「ささのは〜さらさら〜♪」

あっ、今日は七夕か。
歌をうたう小さな子どもを連れた夫婦を眺めながら帰路に着く私。

空を見上げるとポツリポツリと小さなお星様を次々と見つける。今年の七夕は晴れたな。いつも曇天や雨天だったし。

織姫様と彦星様、
一年一度の逢瀬。

「さて、出張も終わったし。帰ろう」

この"町"とも今日でお別れ。
最後の最後で彼に会えなかった。
LINEじゃなくて会って直接話したかったな。

「さようなら」

そう小さく呟いて人気もない駅の改札口を潜ろうとした時、後ろからどんっと体当たりされた。聞こえてきたのはここまで全力疾走だったのか息を乱している音。

そして、

「行かんといてくれ!」

彼だった。

「頼む、行かんといて」

耳元で言葉とともにお腹に回された腕の力が強くなる。背中にあたる温もり。不安げな声。そんな彼の腕に手を添える。

「ごめんなさい」

「っ、そんな答えが聞きたいんやない。なんでや、千紗さん」

「もうここにはいられないの」

「そんな言葉なんかいらんわ。俺の傍から離れていかんで」

聞く耳を持たない忍足くんがぎゅうぎゅうと腕の力を強くする。その腕は寒くもないのに震えていた。

「ねぇ、侑士くん。苦しいから少しだけ腕の力抜いてくれない?」

離れていかないから、と囁くと腕の力が抜けて私は振り返って侑士くんの背中に腕を回す。こうしてみると本当に侑士くんは背が高いなぁ。

「今、千紗さん。俺の背ぇのこと考えとる?」

「わっ、すごい。なんでわかるの?」

「アホ、千紗さんが俺のことよく見とるように俺も千紗さんのこと見てるんやで」

「そっか、新世代プレイヤーズグランプリ優勝おめでとう」

「おおきに。って今する話とはちゃうと思うけど」

シリアスな雰囲気はどこ行ったん?と呆れた顔をする忍足くん。

「違わないよ。私はその企画の成功のためにこの"町"に"出張"と言う形で来たんだから」

「ここで千紗さんを手放したらもう逢えんくなるってことやんな」

そんなん俺はいやや、と言う侑士くん。取材担当の子と仲良くしてたから問題ないと思ってたんだけど。まあ担当の子は謙也くんが気になってたみたいだね。


「侑士くん、そろそろ帰らないと黒部コーチに怒られるよ」

「………なら、千紗さん。最後にあそこの自販機でコーヒー奢ってや」

慌ててきたから財布忘れてしもうて、と言う彼に仕方がないなとお互い抱き合うのはやめて自販機に近づく。その時、私のスマホが鳴った。相手は上司。忍足くんに許可を取って通話に応じた。



「お金はちゃんと返すから」

通話を終えて忍足くんのところに向かうと彼はそう言った。私は気にしなくていいのにと自分のコーヒーを選ぶ。

「ほんまに返すから」

「いつでもいいよ」

私の言葉に忍足くんは目を見開いた。

「え、どういうこっちゃ?」

「日本チームのスポンサー契約を結んできてと頼まれたからまだここにいることになった。」

そう私が返すと侑士くんは空を見上げながらなんや今回の七夕も雨が降っとるやんと言った。雨は降ってないけど、私の目元にも雨が当たって伝い落ちる。

ありがとう、七夕。


END

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