番外編

□振り袖
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「……振り袖、か」

私も、もしあの日に……。
あの日に戻って成人式を迎えられていたらよかった。

この世界に居た中学生のわたしはどう過ごしているのだろう?

彼女も突然別の世界へ連れて行かれてあの日に戻って入学式を迎えたかったと思っているのではないだろうか?


「葉月ちゃん?」

どないしたん?と心配そうな声で私に話しかけてきたのは、


「侑士くん」

彼だった。今も心配そうに私を見つめている忍足くん。


「葉月ちゃん、振り袖に何か思い入れがあるんか?」

この日を迎えるたびに哀しそうな表情していると言う。

勘が鋭い忍足くん。

私はなんと答えようか口籠る。

もしかしたら彼の隣にいたのは中学生のわたしだったかもしれない。

そう思うと胸が苦しくなる。

「なんでもない、ただ綺麗だなと思って」

口を開いて出たのは半分本当で半分嘘。

それを聞いて忍足くんは「そうか」と呟く。

ごめんなさい。

私の口からはそれしか出ない。


忍足くんは「気にせんでええ」と言う。と思った。けど、


「跡部のとこに行くか?」

「えっ?」

何故そこで跡部くん?と思いながら驚きの声をあげる。

忍足くんは眉を八の字に下げて「そやかて、俺には話せないんやろ?」と私に告げる。

そんな辛そうな顔をさせてしまっているのは私なのに。

私は何か言わないとと焦るけれど、言葉が出てこない。

忍足くんに言ってもいいのだろうか?
頭のおかしいやつと思われないだろうか?

そんなことばかりが頭に浮かんでは消える。


「侑士、くん……私」


この世界の人間じゃないの。と言えればいいのに。

出てきたのは涙。

泣いている場合じゃない。

何か言わないと忍足くんが離れていってしまう。何故だかそう思った。

そんな私に忍足くんはため息を吐いた。
ああ、面倒だなと思われてしまった。と思ったその時、


「すまんな、葉月ちゃん」
「!?」

じっとしとき、と抱き締められた。


「俺かっこ悪いなぁ。本当は自分を跡部に取られたくないのに」

「侑士くん」

「跡部しか知らん、葉月ちゃんが居ると思うとなんや自分が情けなくてな」

ほんま自分のことばかりで、と抱き締められているから忍足くんがどんな表情をしているのかわからない。

私はなんと返せば正解があるのだろう?
そんなことを思っていると、抱き締められていた体勢が少し離れた。

そして、

「これなら俺の気持ち少しはわかってくれるやろうか?」

「!?」

額と額がくっつき合って忍足くんの顔がよくわかる。泣いたなのか目尻が少し赤い。馬鹿だなぁ。

「侑士くん、私ね」

悲しいのは私だけじゃないのにね。
いつまでも悲劇のヒロインでいるわけにはいかない。

この気持ちを君に伝えるまで後、
ほんの少しだけ待ってて。

END

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