半蔵

□冬の夜の甘い悪戯
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背後から、不意にふわりと何かが首にかかる。

驚いて後ろを振り向くと、すぐ後ろに、どこか楽し気な笑みを浮かべる才蔵さんが立っていた。

「それ、落とし物」

そう言って笑う才蔵さんと首のそれを、困惑しながら交互に見つめる。

「これ、私のじゃありませんよ…?」

誰の物かなんて、一目見れば分かるそれを、何故私に渡すのか。
意図が読み取れず、ただその顔を見つめ返す。

「うん、知ってるけど」

「あの、才蔵さん?それならちゃんと、本人に返してあげてください」

意図は分からずとも、この持ち主が困っているであろうことだけは分かる。

「やだ」

「ええ!?」

「面倒。お前さんが返してよ」

「面倒って…。私より才蔵さんの方がずっと、清広さんに会いますよね?」

私の首に巻かれたそれは、少し大振りの真っ赤な長い襟巻。
いつも清広さんが首に巻いているそれと、同じ物に違いない。

「お前さんだって会えるよ」

「私、清広さんがどこにいるかなんて知りませんよ?」

いつも会えるのは、偶然でしかないのに。

「大丈夫だって。それ巻いてれば、向こうから来るでしょ?」

「そんな。才蔵さん…!」

私が言い終わるより早く、才蔵さんは笑顔のまま、音も無く姿を消してしまう。

……どうしよう。

残されたそれを、じっと見つめる。

本当に、清広さんが向こうから来てくれるだろうか。
それとも、私が捜して返してあげるべき……?

清広さんの、か……。

首に巻かれたそれにそっと、顔を埋める。

意外と温かい。
そして。


清広さんの、においがする……。


まるで清広さんに包み込まれているような、ときめきと安堵を感じ、思わず顔が緩む。

「……やはり、ここでしたか」

「!?」

不意に後ろから聞こえたその声にドキリとし、飛び上がりそうになりながら慌てて顔を上げる。

「き、清広さん、これは、その…あの……!」

何となく後ろめたい気持ちで口ごもっていると、その顔が小さく微笑む。

「分かっています。才蔵さん、でしょう?」

「は、はい。落とし物だって、何故か私に……」

「落とし物、ですか……」

何故か清広さんが苦笑する。

「すみません、私が巻いてしまって。すぐお返ししますね」

慌ててその襟巻を首から外し、清広さんへと渡す。
何も無くなった首元が外気に触れてヒヤリとし、少しだけ物悲しい気持ちになる。

「いえ。こちらこそご迷惑をお掛けしてすみません、小姫さん」

そう言いながら清広さんは、慣れた手付きで一瞬でそれを首に巻く。

いつもの清広さんに戻った。

その姿を見て思わずそう思う。

これはきっと、才蔵さんの気まぐれの悪戯なのだろうけれど。

自然と綻んでしまう顔のまま、軽く首を横に振る。

「迷惑だなんてそんな。だって私、嬉しかったんです」

「え?」

「思いがけず、清広さんに会えました」

そんな本音と共に笑顔を向けると、照れたような困ったような、そんな笑顔を返された。
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