家康夢
□私の好きな人
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「小姫殿、この頃随分とご機嫌ですな」
ニコニコ笑顔で、酒井様が声を掛けてくれる。
「はい、この頃は家康様、食事をきちんと召し上がってくださるので。昨日の煮物の味も気に入ってくださったようで、『お気に召しましたか?』って聞いたら、『気に入らなきゃ食べない』なんて――」
視線を逸らしながら、照れ気味にそう言う家康様は、何だかとても可愛らしかった。
思わずその顔を思い出し、クスリと小さく微笑む。
「ふふふ」
「?どうかしましたか?酒井様」
「いえ、貴女がこの城に来てから、家康様の機嫌が良い日が増えたので、我々も助かっております」
「そんな。私だけの力ではありませんよ?」
慌てて否定すると、笑顔でうんうん頷かれる。
「ところで小姫殿が、最近頓に綺麗になられたので、好きな男がいるのではと、女中達の間で噂になっているようですが」
「!?え、いえ、そんな…」
そんな噂があるなんて。
思わず赤くなって口籠ってしまい後悔した。
これではそのことを、肯定しているのと同じだ。
「小姫殿が接する殿方は限られております故、想い人とはもしや……」
酒井様に詰め寄られ、思わずごくりと息をのむ。
まさか、バレてる…!?
「――私、だったりしますかな?」
「ち、違いますっ!」
がくりとよろけそうになりながら、慌てて否定する。
「そうですかそうですか。それは残念」
はははと楽しそうに笑いながら、酒井様は続ける。
「では、我が殿ですかね?」
「!?」
いきなり確信を突かれて、思わず顔が強張る。
先程の言動は、ただ鎌をかけただけだったのか。
背中にヒヤリと、冷や汗が伝う。
「…その、勿論身分はわきまえておりますので、どうこうなろうという気は……」
恐る恐るそう言うと、優しい表情をした酒井様と目と目が合う。
「別に、釘を刺したい訳ではありませんよ。むしろ、応援したいのです」
「え?」
「きっと小姫殿のような方とお付き合いするようになれば、家康様はもっと素直に、他人に優しくなれると思います」
「そうでしょうか…」
「少なくとも我々家臣にとって、この城の居心地が格段に良くなるはずです」
「は、はあ……」
応援していますぞ!と、笑顔で手を振りながら、酒井様は家康様の元へと向かっていった。
うーん、素直に喜んでいいのかな?
手を振り返しながら苦笑する。
でもあの家康様が、私となんて。
……いや、うん。
嫌味を言われるか、おもちゃにされて遊ばれるか位しか、想像出来ないな。
とにかく朝げの準備をしようと、足早に台所へと向かった。