家康夢
□お忍びでえと
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「ふふふ」
自然と緩んでしまう頬を押さえる。
今日は久々に、家康様と一緒に城下町へ出掛ける約束をしていた。
前に二人で出掛けて以来のことだし。
何より恋仲になってからは、初めてのことだ。
これで楽しみにするなという方が無理だよね。
自分で自分に言い訳をしながら、思わずまた笑ってしまう。
「お出かけ用にって、こんな着物まで用意してくださったし…」
薄紅を基調にした着物をそっと眺める。
落ち着いた色合に、光を受けて柔らかく反射する銀糸で、小さな花模様などがふんだんにあしらわれている。
生地も上質で、一目で高価な物であろうことが分かる。
華美さは無いけれど、とても素敵な着物だ。
「お忍び、ということでしたので、出来るだけ目立たないお召し物をご用意させていただきました」
にこにこととても楽しそうな笑顔で、そう言う酒井様を思い出す。
でも……。
そっと、髪に触れる。
「この着物には、あまり色が合わないようですので。そのかんざしはお預かりしますね」
「でも酒井様、そのかんざしは…」
「承知しておりますよ、小姫殿。家康様からの贈り物でしょう?いつも大切に身に着けてくださっておりますし。本当に、わが殿は良い方を見付けられたものだ」
本当に嬉しそうな笑顔で言われ、私も笑顔を返す。
「なので酒井様、多少色合いが合わなくても、出来ればそのかんざしを…」
返して欲しい。
そう言い終わる前に。
「いえ、そういう訳には参りません」
何故かきっぱりと拒否されて、半ば強制的にかんざしを預かられてしまった。
代わりにと、髪飾りを付けてくださったけれど。
いつも付けていたかんざしの重みを感じられないのが、何だか寂しくて。
かんざしの無い私を見て、家康様はどう思うだろう。
「何で付けていないんだ」って、不機嫌になるかな。
それとも、全く気にしない…?
そんなことを考えながら、城門へと足を進めた。