家康夢

□あなたの傍に
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「…出て行け」


その言葉に反し、そっと家康様の手に触れようとしたところで、手首を掴まれる。

「い、家康さ…!」

言い終わらないうちに、痛い位に無理矢理手首を引かれて部屋から出され、ピシャリと襖を閉められる。

「家康様、私…」

「お前の顔は二度と見たくない。とっととここから出て行け」

「………」

その冷たい言葉も口調も、先ほどの家康様を見た後だと、冷たいというよりも、ただ……。

悲しい。

そう思ってしまう。
受け入れてもらえない私自身がじゃなく。
誰も受け入れることが出来ない、家康様自身が。

そんな家康様を放っておけなくて。

「家康様、お部屋の中には入りませんので…。暫くここに、いてもいいですか…?」

中からの返事は無い。

拒否されなかったので、いてもいいのだと勝手に判断することにして、襖を背にしてその場に座り込む。

隙間なく閉じられた襖が、閉ざされた今の家康様の心と同じような気がして。
中に入ることが出来なくても、少しでも近くで寄り添う位出来れば。

辛い時寂しい時に、一人ぼっちは辛いから。

勿論これはただの、私の自己満足だけれど。

少なくとも私には、貴方が「徳川家康」であるかどうかなんて関係なくて。
価値が無い人間なんて、この世に一人もいないんですよ…?

そう思いながら、そっと目を閉じた。



「……さん!小姫さん!」


ん…。

名を呼ばれ、そっと目を開く。
ぼんやりとした視界の先に、虎松くんが立っていた。

「!?」

驚いて仰け反り、後ろの襖に強かに頭をぶつける。

「い、痛…」

「大丈夫?というか、どうしてここに?」

不思議そうに見つめられて、今の状況を思い出す。
どうやらあのまま、眠ってしまったらしい。

って、あれ…?

身体に掛けられていた掛け布に、首を傾げる。

一体、誰が?

「これ、虎松くんが掛けてくれたの?」

掛け布を少し持ち上げてそう問うと、首を横に振られる。

「いや、俺は今ここを通り掛かっただけだし」

こういうことをしてくれそうな酒井様は、今は怪我で寝込んでいるはずだし。
じゃあ、これは……。

不意に後ろの襖が開いて、家康様が顔を出す。

「朝から人の部屋の前でうるさいな。…ってお前、まだそこにいたの?」

冷やかに見つめられ、昨夜、出て行けを言われたことを思い出す。

本当に、出て行かなければいけないのだろうか。
いや、こんな状態のまま出て行くなんて。

何とか言い返そうと、口を開きかけたその時。

「…朝げ」

ぽつりと家康様が呟く。

「え?」

「朝げ。お前が作らないで、誰が作る訳?」

「あの、家康様。私、ここにいても…?」

「何、出て行きたいの?」

「い、いえ!」

「じゃあ、とっとと作れよ。愚図は嫌いだ」

「は、はい!」

出て行かなくてもいいのだ。
まだ、ここに。
家康様のおそばに、いてもいいのだ。

そのことに安堵すると、自然と顔が笑ってしまう。

私たちを見つめながら首を傾げる虎松くんに一礼し、台所へと駆け出した。
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