家康夢

□あなたの傍に
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何なんだ、あの女は。


涙の跡を消そうと頬を強く擦ると、思った以上の痛みを感じ、思わず顔をしかめる。

あの女に平手打ちされた箇所だ。
この痛みでは、きっと赤く腫れていることだろう。


「痛い……」


頬が。
いや、それ以上に心が。

人の気も知らないで、ズケズケとよく言ったものだ。

分かっているんだ。
どうして痛いかも、こんなに腹立たしいのかも。

ただ、図星だというだけだ。

誰からも信頼されないなんて、始めから分かり切っているのに。
改めて言葉にされると、無性に腹立たしい。

誰からも信頼されないし、誰も信頼しない。
自分自身しか、己を守れるものがない。

そんな無価値な自分を、さらけ出された気がした。

自然と溢れそうになる涙を、ぐっとこらえる。

今更なんだ。
分かっていたことじゃないか。
あの女に言われた位で、なんで泣く必要がある?

今の俺が、そんなに悲しい?
まだ性懲りも無く、誰かに信頼されたいって思っているの?

自分に問いかけながら、思わず苦笑する。


「馬鹿だな……」


呟きと共にぽとりと落ちた涙が、本に小さなシミを作った。



コトリ、と小さな物音が聞こえ、襖へと視線を向ける。

あれからかなり時が過ぎたが、まだそこにいるのだろうか。

…あの女なら、いるか。

何故かそう思え、そっと襖を開く。

案の定、襖に寄りかかりながら小さな寝息を立てる小姫がそこにいた。

「…何でいるんだよ」

そう言いながらも、小姫がいることに内心ホッとしている自分がいて、小さく苦笑する。

その場にしゃがみ、その顔に視線を合わせる。

「出て行けって言ったの、聞こえなかった?」

無論、寝ている人間からの返答なんて、期待していなかったけど。

彼女はむにゃむにゃと意味不明な言葉を発した後。

「…おそばに、おります……」

何故か最後だけは明瞭に、そう言ってのけた。

「……馬鹿な女」

冷やかに見つめると、小姫が寒そうに身を震わせる。

寒いのに。
廊下なのに。
女のくせにこんな所でよく眠れるものだと、ある意味感心する。

部屋から掛け布を持ってきて、上から投げるように落とすと、その暖かさに安堵したのか、布に包まりながら小姫が微笑む。


「…根性だけは認めてやるよ」


もしかしたら、この女なら。

そう思う自分に、今はまだ気づかないふりをして、そっと小さく微笑んだ。


おしまい
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