家康夢

□午前零時の逢瀬
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「はあ……」

ため息しか出てこない。

やった。
やってしまった。

相手があの家康様なのだから、私が譲歩すればいいことは重々承知していたけれど。

それでも今回は、引くに引けなかった。

明日の誕生日、誰よりも先にお祝いしたかったのは、私自身だったから。


「誕生日ってほんと、面倒くさい」

夕げの膳を食べながら、家康様はそう言ってため息をつく。

「でも皆さん、お祝いしたくて来る訳ですし…」

誕生日には例年、沢山の人たちが祝いの品を持って城に来る。

そう言っていた酒井様の言葉を思い出す。

「祝いたいなんて、そいつらの勝手な自己満足だろ。祝われる側の立場、考えて欲しいんだけど」

「それならお祝いしたいって人の気持ちだって、考えてください」

「本当に心からそう思っているやつなんて、いると思うのか?」

「え?」

「上辺だけの言葉に、笑顔を返す身にもなれ」

「そんな。皆が皆、そう思っている訳じゃ…」

「いちいち判別なんてする訳無いだろ」

「それでも、少なくとも私は…!」

「心から祝いたいって?いいよ、別に」

「な、何でですか?」

「おめでとうなんて言葉、聞くのも嫌になる」

「言いたいのですから、言わせてください!」

「聞きたくないって言ってるだろ?」

そこから先は、売り言葉に買い言葉。

「暫く顔を見せるな」

最終的にはそう言われ、部屋から追い出されてしまった。


明日が家康様のお誕生日なのに。
一番最初に、おめでとうって言いたかったのに。

こんなときに、喧嘩をしてどうするのだろう。

もう一度、大きくため息をつく。

これでは一番最初どころか、明日、お祝いの言葉を伝えることすら絶望的だ。

おめでとうって、言いたかっただけなのに。
ありがとうって、伝えたかったのに。

生まれてきてくれて。
私と出会ってくれて。
何よりも―――私のことを、愛してくれて。

そのことを伝えられないのだと思ったら、涙が出てきた。

ううん、こんなことで諦める訳にはっ!

自分で自分を奮い立たせる。

聞くのも嫌になるというのなら、聞き飽きる前に言ってしまおう。
元々一番最初に伝えるつもりだったのだし。

それなら、いっそ―――
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