家康夢

□午前零時の逢瀬
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月の光で明るく照らされた廊下を、音を立てないよう、出来るだけ足早に歩く。

目的の場所に着き、一回大きく深呼吸をし、思い切ってその襖に手を掛ける。

「…誰だ」

寝ているとばかり思っていたのに。
すぐに返って来たどこか殺気を含むその声に、思わず身体がびくりと震える。

「小姫です」

慌てて名を名乗る。

「何?こんな日に夜這い?」

喧嘩したばかりなのに。

起き上がりながらそう言う家康様のどこか呆れたような口調に、そう思っているであろうことが分かる。

襖を閉めて、少しだけ家康様の褥へと近づき、その場に正座する。

「こんな日というか、今夜じゃないと意味が無いので…」

「は?」

多分、そろそろ日が変わる。

「家康様」

「何だよ」

家康様の顔を真っ直ぐに見つめる。


「お誕生日、おめでとうございます!」


出来る限りの笑顔を添えてそう言う。
ありったけの感謝を込めて。

家康様はあっけに取られたような顔をして、暫し私の顔を見つめた後、不意に視線を逸らす。

「…今、夜中なんだけど?」

「知っています」

「おめでとうなんて、聞きたくないって言ったよね?」

「聞き飽きる位、聞く前でしたらいいかと」

「何、その屁理屈」

そう言って笑う家康様の顔が殊の外優しくて、ほっと胸を撫で下ろす。

「もっと、こっちに来いよ」

「は、はい」

家康様の褥のすぐ傍まで歩き、再度その場に正座をする。
顔を上げて家康様を見ると、どこか意味有り気ににやりと笑われた。

「お祝い」

「え?」

「言葉だけなの?」

「そ、それは…」

いけない。
お祝いの言葉を言うことばかり考えていて、贈り物を何も準備していなかった。

「すみません、家康様。私、贈り物は何も…」

「ばーか。物じゃない」

「!?」

不意に腕を取られ、その胸の中へと倒れ込む。

「祝うつもりなら、このまま傍にいろ」

「い、家康様?」

「もう一度」

「え?」

「もう一度だけなら聞いてやるよ、小姫」

その言葉と優しい笑顔が嬉しくて、こちらも負けじと笑顔を返す。

「お誕生日おめでとうございます、家康様」

言い終わるよりも早く唇を優しく塞がれ、語尾が吐息に変わる。

「…小姫からの贈り物、朝までかけてゆっくり受け取ってやるよ」

少しだけ意地悪そうに笑う家康様に、一気に頬が熱を帯びる。
火照る頬を押さえながら、返事をする代わりにそっと、その唇に口付けを落とした。


おしまい
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