夢小説(短編)
□さあ、おいで?
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「…おいで?」
少しだけ困ったような笑顔を浮かべ、才蔵さんが両腕を広げてこちらを見る。
引き寄せられるようにその胸に飛び込むと、そっと優しく抱き締めてくれる。
温かくて、優しくて。
ジワリと、自然と涙が溢れてくる。
「才蔵さん…」
「何?」
「才蔵…さんっ…!」
嗚咽を上げながら、才蔵さんの名前だけを呼び続ける私に、理由も聞かず、「うん」とか「ああ」とか、優しい声で相槌を打ってくれる。
行かないで。
傍にいて。
ずっと、私の隣に―――
口に出来るはずも無い言葉を、心の中でだけ繰り返す。
その言葉の代わりにずっと、愛しい名前だけを呼び続ける。
途中から相槌が、涙を拭うような触れるだけの口付けへと変わる。
目に、頬に、口元に。
そっと触れるだけの口付けが繰り返される。
何度も何度も繰り返されるその仕草が優しくて愛しくて。
だからこそ余計に、涙が止め処なく溢れてくる。
どの位そうしていただろう。
ようやく涙が落ち着いて、触れる唇のくすぐったさに気づいて目を細める。
「…くすぐったいです、才蔵さん…」
少しだけ微笑んでその顔を見上げると、優しい笑顔が返ってくる。
「…ちょっとは落ち着いた?」
また出そうになる涙をこらえて、にこりと笑う。
「…どうしてですか?」
「うん?」
「どうして今日は、そんなに優しいのですか…?」
「俺はいつも優しいけど?」
飄々とした口調が、少しだけいつもと同じ才蔵さんを思わせる。
「今日はいつもより、分かりやすく優し過ぎます…!」
「そう?そんなこと無いけど」
真顔のまま、まっすぐに目を見つめられる。
その目に見つめられると、全てを見透かされてしまうような錯覚に陥る。
ふっと、才蔵さんの表情が柔らかくなる。
「何かあるんじゃないかと不安?」
「…はい……」
優しい声に、思わず本音を返す。
「別に何も無いよ」
「でも……!」
「暫く離れる愛しい恋人に、別れを惜しむのがそんな珍しい?」
「そ、それは…」
恥ずかしさに、顔が熱くなる。
それを隠すように俯くと、くすくすと笑い声が落ちてくる。
「心配しなくても、戻って来るよ」
そっと見上げたその顔は、今まで見たどの笑顔よりも優しくて。
「俺が戻って来る場所はもう、小姫の隣だけだから――」
おしまい
「おいで?」シリーズ第一弾(何)
その台詞から始まるというだけで、設定は適当なんですが、何か死亡フラグ立ってそうな感じですよね、これ。
ま、乙女ゲーなので、死亡フラグはハッピーエンドフラグです。