夢小説(短編)

□続・愛ある仕返し
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「そろそろ、任務から戻って来る頃かな…」

縁側に座って、外を眺めながら小さく呟く。
あの後、不機嫌なまま任務へと出掛けて行った才蔵さんを思い出すと、思わずクスリと笑みが零れる。

帰って来る頃には、機嫌、直っているといいな。

不機嫌なままだと、折角許可してくれた耳かきも、「やっぱりやだ」とか言われそうだし。

手に握った、耳かき棒を弄ぶ。

いつ才蔵さんが帰って来てもいいようにと、常時肌身離さず持ち歩くのがすっかり習慣になってしまった。

でも、これだけ持ち歩いてはいるものの、一度も使ったこと無いんだよね…。

才蔵さんのために買った物だから。
才蔵さんに使う前に、自分を含め誰か他の人に使うのは躊躇ってしまう。

これだけ、才蔵さんに一途なのに―――

報われない。

それはどこか、今の自分と重なるような気がした。

「早く、使ってもらえるといいね…」

すっかり愛着の湧いた、耳かき棒を笑顔で撫でる。

「…一体何と会話してるの」

「!?」

その声に驚いて顔を上げると、すぐそこに才蔵さんが立っていた。

「もしかして俺がいないのが寂し過ぎて、物と会話するようになったとか?」

「ち、違います…!」

先程の会話が聞かれていたのかと思うと、羞恥で顔が熱くなる。
真っ赤であろう私の顔を眺めながら、才蔵さんは楽しそうに目を細める。

「そ?ならいいけど」

心を落ち着かせるために一度深呼吸をしてから、改めて才蔵さんに向き直る。

「あの、おかえりなさい、才蔵さん」

「うん、ただいま」

「今日はこの後、お時間ありますか?」

私のその言葉に、才蔵さんは何故か、はあ、と大きくため息をつく。

「才蔵さん…?」

何か、あるのだろうか。
それとも、何か私が変なことを言ってしまったとか…?

不安を込めてその顔を見つめていると、才蔵さんは少し呆れたような顔でこちらを見つめ返す。

「心配しなくても、この後特に予定は無いし、約束もちゃんと覚えているよ」

「それじゃあ…」

一体何でそんな顔を。

そう口にする前に、才蔵さんが真顔で口を開く。

「お前さんはさ、俺の耳かきがしたいんじゃなくて、その耳かき棒を使いたいだけなんじゃないの?」

「え?」

意外なその言葉に、思わずまっすぐその顔を見つめ返す。

それは、この耳かき棒、早く使ってあげたいとは思っているけれど。
それはあくまで、才蔵さんに耳かきを早くしてあげたいというだけで。

…あれ。
本当は私、ただ耳かき棒を使いたいだけなのかな。
いやいや、才蔵さんに耳かきをしてあげたいというのが主目的で…!

頭の中でぐるぐる考えていると、才蔵さんが大きくため息をつく。

「そんなに悩むほどなんだ。俺の存在って、その耳かき棒以下ってこと?」

「ま、まさか、そんな…!」

「じゃ、証明してみせてよ」

「え?」

才蔵さんはくるりと回って私に背を向ける。

「耳かき棒より俺が好きって、大声で宣言してくれたら信じてあげる」

「それは勿論、耳かき棒より才蔵さんが…!」

才蔵さんが、そのまま去っていってしまいそうで。
思わず勢いでそこまで言って、はたと気づく。

目の前の才蔵さんの肩が、小刻みに揺れている。

わ、笑っている……!

そこで漸く、からかわれているのだと気が付く。

「…才蔵さん、からかわないでください」

私のその声に、こちらを振り向いた才蔵さんがニコリと笑う。

「からかっている訳じゃないよ。お前さんが耳かき棒を溺愛しているのを心配しているだけで」

「で、溺愛なんてしてません…!」

「ま、お前が耳かき棒離れ出来るよう、協力するから。後で俺の部屋においで」

くすくす笑う才蔵さんに、慌てて反論する。

「も、もう!純粋に耳かきしてあげたいってだけなんですからね、才蔵さん…!」
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