夢小説(短編)
□桜の下で
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「花見をしよう、才蔵。
あのとき、出来なかった花見を――」
頭では、分かり過ぎる位に分かっている。
あれは幻。
自分自身の願望が作り上げた、ただの幻覚だ。
惑わしの術は、忍びの常套手段。
甘い誘惑の裏に何が待っているか。
それを使う自分が、分からないはずがない。
死者に会えるなどという、生者にとってこの上なく甘美な誘惑の裏には、きっと死に値するほどの手痛い仕打ちが待っていることだろう。
それでもやはり、会わずにはいられない。
それが自分にとっての、どこかけじめのような気がした。
「才蔵さん?まだ、起きていたんですか…?」
その声に後ろを振り返ると、襖を開けて、眠そうに眼を擦る小姫が立っていた。
先程まで、どうしても今夜も桜を見に行きたいと駄々をこねる佐助の相手をしていたから、眠ってまだ間もないはずだ。
「どこかに、出かけるんですか…?」
「ちょっと花見にね」
驚いて目を見開く小姫に、小さく苦笑を返す。
「わ、私も行きます!」
「今日は駄目だ。…そう言って、佐助も説得したでしょ?」
「でも…」
「そんなに父親に会いたい?」
少し皮肉を込めてそう言うと、小姫は眉を吊り上げる。
「違います!あ、父に会いたくないって意味じゃないですよ。ただ、才蔵さんを、一人で行かせたくないだけです」
一人じゃ心配だから、と言葉を続ける彼女に、ため息を返す。
「何それ。お前が一緒の方が、余程不安なんだけど」
「し、失礼ですね!それに…」
そう言って小姫はこちらへと近づいたかと思うと、俺の左腕に両腕を絡める。
「夜は寒いですから。湯たんぽが必要でしょう?」
こちらを見上げて、ふわりと笑う。
温かい。
この温かさが、前は随分苦手だったけれど。
今は少しの戸惑いと、それ以上の安堵をくれる。
その笑顔に小さく笑みを返し、ぽつりと呟く。
「聞かないの?」
「え?」
「誰に会いたいのか」
小姫は数回瞬きをしながら少し思案した後、ゆっくりと口を開く。
「それは、知りたいですけれど…。才蔵さんが、私に話してもいいって思えるようになったら、いつか教えてくださいね?」
「…そ」
その優しさが、小姫らしくて愛しいと思うと同時に、泣きたくなるほどの衝動が自分を締め付ける。
優しさがもたらすものが温もりだけではないと、痛いくらいに知っているから。
「じゃ、行くよ」
気持ちが溢れ出ないよう、出来るだけの無表情を装い、ゆっくりと歩き出した。