夢小説(短編)

□桜の下で
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あっけない。

燃える桜を見つめながら、目を細める。

欲に駆られた妖は、思いのほか早く正体を現した。

あいつはどこにもいなくて。
あいつの姿を借りた妖が、ただいただけ。

「許さん……!」

憎悪の目でこちらを見つめるそれを、目を細めて見つめ返す。

あいつの姿をしているのに。

憎悪の眼差しで、ただ自分を恨み、罵声を浴びせる『あいつ』

それは確かに、自分が夢にまで見た光景のはずなのに。

喜びは湧かない。

ただ、あいつじゃない。
あいつとは違う。

そう思うだけだった。

苦悶の表情を浮かべたそれが、ふと、穏やかな笑みを浮かべる。

それがあの時のあいつの笑みに、とても良く似ていて。


―――これも、幻覚?


目を見開いてそれを見つめても、ただ笑みが返って来る。
ふと、その唇が動く。

『本当は、分かっているんだろう?』

穏やかな笑みを浮かべたまま、それは続ける。

『お前はさ、誰に許されたいんだ?才蔵』

ゆらり、その顔が揺らぐ。


『もう、許してやれよ――』


ゆっくりと消えゆくそれは、火の粉に交じり見えなくなる。

「………」

言いたいことだけ言って消えるなんて、如何にも『あいつ』らしい。

「悪かったな、才蔵…」

そう呟いたあいつの顔は、事切れるまで、穏やかな笑みを浮かべていて。

殺した俺を責めないで。
自分を殺させてしまったことだけを、ただ心配するように。

…お前は分かっていないよ。

その優しさが、どんなに俺を追い詰めたか。
どれだけ自責の念にかられているか。

恨んで罵声を浴びせられた方が、どれだけ俺が楽になれたと思う?

お前に恨まれさえすればきっと、俺はそれが『正しいこと』だったと、納得出来たはずなのに。

お前が恨んでくれないから。
誰も俺を責めないから。
だから俺は俺を、いつまでも許せないままでいる。

雨が降る度に。
桜の花を見る度に。

忘れてはいけない、自分の罪の重さを。
許しては、いけない――。

一体どの位、自分を戒めて来ただろう。


それでもあの幻が、自分の願望――?


許されたい?俺は。
許したい?俺を。


「才蔵さん…!」


その声に、まるで術が解けたかのように、気を取り直す。

小姫は俺を引き止めるように抱き付き、不安げにこちらを見上げている。

「そのまま進んだら、才蔵さんまで燃えてしまいます…!」

無意識のうちに、炎に向かって歩いていたらしい。

「私を置いて行かないでください…」

目を潤ませる小姫へと手を伸ばし、その涙をそっと指で拭う。

「…行かないよ」

その顔を真っ直ぐ見つめ、小さく微笑む。

小姫は俺の胸に顔を埋め、放すまいときつく抱き付く。

温かい。

その温もりに身体だけじゃなく、まるで心までも温められるような気がした。

勘違いしても、いいのだろうか。
ただ優しさに身を委ね、楽になってもいいのだろうか。

真っ直ぐに、目の前の炎を見つめる。

少し前までは、早く会うことだけを考えていたけれど。
今はまだ、お前のところには行けそうにない。


「…またな」


真っ赤に燃える桜が、ゆるやかに歪む。
ぼやけた視界の先に、まだあいつが笑って立っている気がした。


おしまい
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