citron

□Darling 2
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 ーーねぇ、リヴァイ。


「ハンジー!」

 元気いっぱいのナナバに声をかけられたけれど、私は思うことがあって机に頬杖を付きながらはあ、と溜め息を零した。あんたがリヴァイと一緒じゃないなんて珍しいと言いながら、向かいの席に座ったナナバはにやりと笑う。

「あんた達、なんかあったんでしょ?」

 私はナナバからの質問に慌てて首をぶんぶんと横に振った。ナナバに言ったら、きっとからかわれるだろう。そして一気にクラスどころか学年中、学校中に尾ひれがついて広まるだろう。それは何としてでも阻止しなければ。

「ななななんでもないよ、なななナナバ!」

「何動揺してるの? なんかあったのバレバレじゃない」

 ばっと椅子から立ち上がって渾身の否定をした私にナナバは呆れたような顔をした。ああ、それもそうか。否定すればするほど怪しいというやつか。このままではいけないと咄嗟に判断し、はっとした私は立ち上がったまま言った。

「いや、嘘だ! リヴァイとなんかあった! 土曜日の夜にちゅーされた! 私、初めてだったのに……」

「……ほうほう」

 あ、しまった。焦って余計な事まで言ってしまったらしい。にやにやと笑うナナバの顔がそう言っている。しかもこんな昼食時のクラスの真ん中で立ち上がり、大声で言ってしまったものだから、回りの視線を集めてしまった。ああ、もうリヴァイのバカ。リヴァイがあの時あんな事しなかったら、こうして私が悶々とする事も、クラスの中心でこんな恥ずかしい事を大発表する事もなかったのに。

「あんたとリヴァイってさ、前から仲いいとは思ってたけどやっぱりそういう関係だったんだ? ふーん……で、初ちゅーの感想は?」

 すっかりノリノリのナナバはエアリポーター気取りで、存在しないマイクを私に向ける仕草をした。もうすでに今クラスで食事している皆から注目されている私には言える訳のない話だ。逃げ場のないように感じた私は慌てて教室を飛び出した。あんなに大事に噛み締めていた食べかけのあんぱんを置いて。

「ちょっと、ハンジ! どこいくの?」

 慌てたみたいなナナバの声を背に、私は廊下を全速力で疾走した。あっ、ヤバい。リヴァイに見つかったら『廊下を走るなクソメガネ』とか言ってハリセンの刑だろう。いや、むしろあのまま教室に居た方が私にとっては公開処刑みたいなものだ。背に腹は変えられない。リヴァイに見つかる前にどこかへ逃げ込まなくては。
 はあはあと息を切らした私がたどり着いたのは学校の屋上だった。運が良ければここから巨人を観察出来るかもしれないと言われるこの学校の中でも一二を争う名スポットだと思う。ぺたんと冷たいコンクリートの上に私はへたりこむ。ああ、部室に逃げ込んでもよかったかな、あっちの方が人も来ないし。私がそう小さな後悔をしていた時、ふと遠くの物陰からガタッと物音がした気がした。

「ちょっと……ダメだよ、こんなところで……ん、」

「誰もこんなとこでこんなことしてるって気付かねぇよ。なあ、いいだろ?」

 ーーんん?何がいいんだ? 幸か不幸か、向こうは私がここに来たことに気付いてないみたいだ。驚かせるのも悪いなと思った私は、忍び足でその声が聞こえた方向を目指す。

「ん……っ、ん……や、ダメ……恥ずかしいよ……」

 向こうからは死角になっている位置から私はコッソリ覗いてみる。そして慌ててその光景から目を逸らして、声をあげそうになる口を押さえた。なんてことだろう。
 向こう側にはぴったりと寄り添った男女がいる。それだけならまだしも、その女の子の服の中に男の子が手を入れていて、そして耳たぶにキスなんかしていたりする。なんて運と勘が悪いんだろう、私は。
 この前初めてのキスをリヴァイとしたばかりの私には少々どころか刺激が強すぎる光景だった。そして、もうここには居られないと来たばかりの屋上から抜け出すためにもより一層慎重に扉へと足を運んだ。

「ーーふぅ。もう、あんなところで何してるんだよ……」

 ゆっくりと音がしないように細心の注意を払って屋上の扉を閉めた私は、今度こそ誰もいないだろう部室へと向かう。ダメージが大きすぎてのろのろと人通りの少ないルートを通りながら、私は独り言を言っていた。

「……私も、いつかリヴァイとああいうことーー」

 ようやく部室にたどり着いた私は、ふと屋上で見た光景を自分とリヴァイの姿に重ね合わせた。リヴァイが私の服の下に手を入れて、耳たぶにキスをしてーー。あれ、でもそれから何するんだろう。私のふんわりした性への知識ではその先どうなるのかなんてものは想像できずにそこで終わる。いや、それ以上の想像なんてしたら恥ずかしすぎて死んでしまいそうだ。

「ああああ! もう、リヴァイのばかばか……リヴァイのせいであんな思いはするし、あんなの見て変な想像しちゃうし! どうしてくれるんだよ、ばか!」

 それまでの出来事について発散させるように、私は少し大きめの独り言を言った。一瞬、水槽の中のメダカが驚いてビクッとしたように見えたけれど、きっとそれも気のせいだ。本当に驚かせてしまったのなら理由のない恐怖に怯えたメダカに謝りたい。私はすーっと水槽の中を泳いでいる彼もしくは彼女に向かってぶつぶつと主にリヴァイに対する愚痴を吐き出した。

「誰がバカだと? オイ、何してるんだよクソメガネ」

「ーー!!」

 ガラッと扉の開く音に続いて、今一番聞きたくない声がした。ビクッと大袈裟なくらいに体が跳ねた私は、恐る恐るその声の方向を振り返る。勿論、声の主はよく知った彼しかいない。何でここに居るってバレたんだろう。それに、リヴァイのばかと大きな声で言ってからはしばらく時間が経っているのに、聞こえてたのか。

「ナナバの奴が心配してたぞ」

「……う、うん」

「喧嘩でもしたのか?」

「ち、違うよ」

 少し不機嫌そうに聞いてくるリヴァイはきっと、何で俺がお前を探しに来なきゃいけないんだよと思ってるんだろう。さっきの変な想像のせいもあって嫌に緊張する。一歩、リヴァイが部屋に踏み込んで来ただけなのに、私は焦って後退りした。

「ほう……何だ、違うならどうした? 何故逃げる」

 私が後退りしたのを見て、リヴァイのイライラに火がついてしまったらしい。チッと舌打ちしながら、じりじりと迫ってくる。これがきっと私じゃなくて下級生が相手だったら、もうすでに泣いててもおかしくない。それくらいにリヴァイは怖い顔をしている。

「いや、ちょっ……違う、違うよ。教室でリヴァイとちゅーした話をしちゃっただけで、屋上で変なの見たりとか、メダカにリヴァイの悪口言ったりとか、してないから!」

 こんな時ほど、私の頭は上手く回らない。ナナバいわく、一回転してバカの私はまた焦って余計な事を口にしてしまう。リヴァイの凶悪な目がギラリと光ったように見える。いつの間にか距離を詰めてすぐそこまで来ていたリヴァイがじっと私を見ている。怖いよ、あなた元から怖い顔してるんだからやめてよ。

「変なのって、アレか……お前もアレを見ていたのか」

 ふっとリヴァイは笑ったけれど、それは皆がよく知っている方の笑顔だ。私の背中に水槽が当たり、ガタッと音を立てる。いつの間にか閉ざされている部室の扉を誰かが訪ねてきてくれないかとチラリと視線だけでそちらを伺った。

「残念だがもう午後の授業が始まっている……そういう訳で俺も、当然お前もサボり扱いだ。それにお前、日曜はいつの間に自分の部屋に戻った? 出掛けるならちゃんと鍵を閉めておけ。まあ、盗られる物も何もないだろうが」

「き、今日はずいぶんとおしゃべりなんだね、リヴァイ」

「……」

 確かに、私は夜にあったことを思い出すとあまりにも恥ずかしすぎて日曜は早く目が覚めた。珍しくまだ寝ているリヴァイの顔を見ていたら余計に思い出してしまうから、リヴァイに借りたジャージの上下の姿のまま私は自分の部屋に戻った。部屋が出た時よりも片付いてたのにはちゃんと心の中でお礼を言っておいた。
 もちろんリヴァイに借りたジャージは返すつもりだったし、ちゃんと急用が出来たから出掛けるという内容のメールだって送っていた。だけど、部屋の鍵を開けたままだったのを知っているということは、私の部屋まで様子を見にきてくれたんだろう。確かに昨日帰ったら、また部屋が片付いていたような気はする。

「ねっ、ねぇリヴァイ! 私、今日はオムライスが食べたいな。帰ったら一緒に買い物に行くし、オムライス作ってよ!」

 リヴァイの沈黙が何だか怖い私は話題を変えてしまおうとそう言った。(お喋りすぎるリヴァイもそれはそれで怖いんだけど。)それでも至近距離でじっと押し黙ったままのリヴァイの視線は射抜くようで、そんな目で見ないでほしいと思った。いろんな意味でドキドキするから。

「ね……リヴァイ?」

 身に覚えは充分にある。ゴクリと私は唾を飲み込んだ。

「…………みるか?」

「へ……っ?」

 ボソッと言ったリヴァイの言葉が聞き取れずに私は首を傾げた。みるか? ってもしかして、見るか? いやいや、何を見るの?
 私の背中にじっとりと冷や汗が滲むのを感じた。

「してみるか? と、言った。お前もアレを見たんだろうが」

 神様がいるなら、この状況をどうにかしてくれないだろうか。リヴァイが言うアレというのはつまり、私が屋上で見たアレのことなんだろう。
 別に、リヴァイとが嫌という訳じゃないけれど、ここは学校だ。神様、仏様、聞こえているならどうにかしてほしい。明日と明後日のお昼に食べる予定のあんぱんをお供えするから。
 そんな私の悲痛な願いも受け入れられず、リヴァイの両手が私の両方の手首を捕まえる。そして更に顔が近づいてくる。もうダメだ、私は神に見放されてしまったんだ。

「リヴァ……っ!」

 ふに、と私の記憶に遠くないあの感触がした。手を振りほどこうにも、力が強くてどうにもならない。私よりも背が低いくせに、なんて馬鹿力なんだろう。

「ん……っ、ちょ、ちょっと! リヴァイってば!」

 リヴァイの唇が横にずれていって、頬から首筋に降りていく。とても擽ったい。
 いくら他のみんなが授業中で、ここが人通りの少ない場所だからって、これはダメだ。不純異性交遊というやつだ。
 焦ってその名前を呼ぶと、ふとリヴァイは顔を上げた。私はホッとして、力が抜けそうになる。

「……続きは帰ってからだ」

「う……いや、いや! ダメだからね! 絶対にダメだからね!」

 ニッと不敵でとても恐ろしい笑みを浮かべたリヴァイが、ぺたんとその場に座り込む私に言った。

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