青春プレイボール!

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 迎えた長い長い入学式、長い長い校長先生の話。我慢大会と化したその儀式を終え、教室は解散。疲れがたまった顔を隠すこともなく机に額を擦りつけるみずきに声をかけると、彼女はゆっくりと目を合わせた。
「このあと、百合香はどうする? 私は野球部をのぞいてみるけど」
「うん、それなんだけど……私も野球部に入ろうかなって」
 おそるおそる口から顔を出した私の言葉。彼女にとって意外だったみたいで、ただでさえまん丸の瞳がさらに見開かれている。も、もしかして、私じゃできないとか、思って……る?
「ほ、本当に野球部?」
「う、うん……」
「やったー! じゃあ、今すぐ行くわよ、レッツゴー!」
 それは杞憂だったみたい。話はトントン拍子で進んでいって。ガタンと席から勢いよく立ち上がったみずきは、私の手を引いてグラウンドへと走り出した。廊下は走るなとかいう張り紙が見えた気がしたけど、見て見ぬふり。野球部、パワフル高校は強いって聞くし、どんな人たちがいるんだろう。マネージャーも選抜だったりして。そしたら確実に落ちちゃうよね。そんな期待と不安を入り交ぜ、素直に腕を引っ張られていた。

 野球部グラウンド、強豪校とあって、テレビで見るプロ野球選手が試合をする球場そっくりだ。広さも目を見張るものがある。わあ、あのベンチもすごい。スポーツニュースで見たものによく似ている。そして、言うまでもなくそこには見たことのある人たちもいた。猪狩くんと友沢くん、それに、葉羽くんと矢部くんもいる。さらには、猪狩くんによく似てるけど物腰柔らかそうな男の子、緑色の髪をおさげにしている女の子……他にもたくさんいる。
「百合香ちゃんでやんす!」
「さっきぶりだね」
「うん、ふたりも野球部志望だったんだね」
「百合香ちゃんもなんだ?」
「ううん、私はマネージャー志望。選手志望はみずきだよ」
 そう話すや否や、ふたりの顔が同じものになった。眉を寄せて、訝しげな表情だ。あら? 異様な雰囲気に首をかしげると「みずきちゃん、来ているの?」何を言っているの、葉羽くん。隣を見てよ、ほら、彼女がいな……かった。あれ、おかしいな。さっきまで一緒にいたのに。ああ、もう、どこに行ったのだろう。私は彼女の執事にでもなったみたいだ。とにもかくにも、探すのが最優先。ふたりから離れ、辺りを探し回っていると、先ほど見つけた顔に出会う。
「猪狩くん」
「やあ、東野さん」
「東野さん?」
 猪狩くんの肩からヒョッコリと顔をのぞかせてきたのは、猪狩くんによく似ている男の子。そういえば、こんな人もいたなあ。彼は私と目が合うと、優しげな色で頬を緩ませた。
「はじめまして。兄さんと同じクラスの人ですか?」
「うん、東野百合香です」
「僕は猪狩進、守兄さんの弟だよ。よろしくね、百合香さん」
 猪狩くん、弟さんがいたんだ。彼とはまた違う雰囲気の。進くんと笑顔を交わしていると、猪狩くんが退屈そうな顔をして、僕に用があったんじゃないのか、と切り出した。そうでしたね。しかし、みずきの話をすれば、ふたりとも知らないようで首を振られてしまう。彼女を探す使命をもつ私、猪狩ご兄弟とはここでお別れだ。
 どこに行ったんだ、まったく。今日何度目かわからない重い息が出て、幸せもたまったもんじゃないと逃げ出してしまう。それでも辛抱強く彼女の姿を求めて見渡し続けていれば、またひとり知っている顔を見つけた。彼は……みずきを怒らせた人だけれど、話せるよね、私。言い聞かせるように、その人のもとへと歩み寄る。
「友沢くん、あの、みずきとはぐれちゃって……どこにいるか知らない?」
「橘か、それならあれだ」
 なんと、彼はみずきの居場所を知っていた。話しかけて正解だ。これまでの苦労が解けて喜色に染まる私。友沢くんの指差す方に顔を向けると、緑色のおさげの女の子とみずきが話していた。心なしか、みずきが嬉しそうに見える。
「あのおさげの子、みずきの知り合いなのかな」
「いや、橘が早川に憧れているだけだろう」
「憧れている?」
「あいつ、早川あおいは、いい球を投げる女性ピッチャーとしてシニア時代から注目されていたらしい。……俺も今さっき知ったんだがな」
「そうなんだ……みんな、ずっと野球やってきている、すごい人なんだね」
「……そう、かもしれないな」
 友沢くんから視線をみずきに戻す。目にキラキラと憧れを宿したその姿が、なんだか遠く感じた。まだ出会って日も浅いのに、彼女を支えたいなんて。彼女は、早川あおいちゃんを追ってここまで来たかもしれないのに。そう思うと、私の決意が脆くバカバカしく見えた。 
「友沢くんも、誰かのことを追いかけてこの高校に来たの?」
「……俺は、ただ野球がやりたいだけだ」
「そっか……がんばってね」
 よそよそしく、控えめに笑顔を作る。すると、友沢くんは私をじっと見つめて。……いたたまれない空気、私は無意識のうちに、顔を外へと逸らしていた。
「野球部に入るのか」
「えっと、うーん……」
「そのために来たんだろう?」
 再び引き戻された彼の顔は不思議そうで。そう言われればそうなのだが、情けないことに、席の近い彼女たちと話した時の意気込みは、みずきの姿やこんなに野球に懸けている人の前じゃ塵同然。ふぅっとどこかへ飛ばされてしまったような気がした。
「そのつもりだったけれど……わからない」
「わからない?」
「うん……私なんかがいていいのかなって思っちゃって」
「……どういうことだ」
 眉間に皺を寄せた友沢くんは、明らかに不機嫌そうで。怒らせちゃったかな。しかし、ここまで話してしまえば、もう隠しても意味がないだろう。口を開いて、彼と真摯に目を合わせた。
「私、野球のためにパワフル高校に来たわけじゃないの。ただ、みずきに出会って、支えてあげたいって……そんな気持ちで野球部に入ろうと思っちゃって」
「十分な理由だ」
「でも、みずきは私の支えなんていらないんじゃないかな。私、野球のことあまり知っているわけでもないし……」
「支えがあるかどうかなんて、問題じゃないだろう」
 怒りを仄めかしていた彼の眉が、大人しく据わった。
「自分のためになにかしたいと思って東野がマネージャーになったら、橘は喜ぶ。ただ、それだけのことだ」
 友沢くんからの意外な言葉。彼の印象に淡い色が加わった。実は優しい人なのかもしれない。それでも、救われはしながらまだまだ渦巻く不安。その中心を友沢くんに話してみるのもいいかもしれない。真剣な顔をしてくれる彼に、同じ目で返す。
「でも、私はこれといって得意なこともないから、きっと野球部のマネージャーの才能なんてないと思うの」
 その途端、友沢くんの目は大きく揺れ、強く開かれた。
「才能だと……そんなもの、認められるか!」
 眉間のシワをさらに深くして怒鳴りつけた友沢くん。そんな彼に私も周りも驚きを隠せない。が、それに気づいた友沢くんがハッとしたのち、すぐに謝罪を渡された。もちろん、怒ったりはしていないと安心させる。本当は怖かったけれど、これは私の胸にしまっておこう。それでも、どことなく居づらくなってしまうことはしかたのないことなのだろうか。静かに私はその場を去った。
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