青春プレイボール!

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 文化祭で重要な役割を頂いた私はみ手だけで振りを再確認しながら、久々の部活。とはいえ、もうすぐ穂乃果ちゃんたちと練習の時間です。野球部のマネージャーと文化祭の練習、二足のわらじを履く今の生活は夏休みに入る前よりよっぽど忙しい。
「右、左」
「…………」
「とん、とん、こうで」
「…………」
「くるっと、ぱっ」
「……あー! もう!」
「ひっ!?」
 それなのに東野百合香、さっきまで黙って座ってたみずき容疑者に心臓を止められるかと思いました。だって、いきなり叫ぶんだもん。怖すぎます。
「どうしたの?」
「どうしてシンカーが上手くいかないのよ!」
「シンカーって、変化球の?」
「ただのシンカーじゃないのよ、途中で大きく曲がる、私だけのシンカーなの」
 どうも、みずきは新変化球を開発しているようです。野球への向上心は底知れないな。落ち込んでいる彼女には不謹慎かもしれないけれど、ひとり感心してしまう。ただ、そんな私に気を回すこともなく彼女はいきなり立ち上がった。もちろん、私は驚いて大袈裟なほど肩を揺らす。
「上手くいかないのよお、ああどうしてなの!? もう!」
「まあ、あせらなくても……」
「あせらなきゃエースになれないの!」
「は、はい……」
 座っている私の肩に掴みかかる彼女はまさしく野球に飢えたライオンだ。私の力では手懐けることなどできず、どうにもならない。葉羽くんと矢部くんが同じことをしていた時は止めに入ったくせに、自分がやり始めるとこれだ。
 上から近づく涙目。私にとって彼女はいつでもエースだ。葉羽くんたちに言ったことを思い出して。そう心の隅で願いながらも他の大部分でエールを送り、その手を退けて立ち上がった。
「それなら、誰かに聞いみたら?」
「ん、そうしようかな……」
「私、みずきのこと応援してるから、ね」
 無理はしないでほしいな。そんな意図を織り交ぜつつ、彼女のとなりを離れた。もう時間だ、穂乃果ちゃんと約束した練習場所に行かなくてはならない。
 しかし、みずきがあんな風に行き詰まるのは珍しい。要領のいい子だから今までこんなことはほとんどなかった。だからこそ考え込まないか、悪循環を辿らないか不安だ。しかも、こうして彼女が深みにハマることは野球のこと以外になくて、私では力になれない。ああもう歯がゆいなあ。一番ムシャクシャしているのは間違いなくみずきだけれど、誰よりも彼女の近くにいると信じている私まで地団駄を踏んでしまう。あおいちゃんに任せるのが最善なのかなあ。
 溜まった息をわざとらしく吐き出して顔をあげた。しかし、そこに見えた人影は悩める子羊への贈り物でしょうか。彼ならなんとかできるかもしれない。単純な口角は企み顔に微笑んだ。その彼に私が近づいたのは言うまでもない。
 
 マネージャーながら野球部の練習は大変だけれど、彼女たちと行う練習もとてもハードだ。それもそうだ、素人が文化祭でアイドルものをやるだなんてファンからしたらこの上なくイヤなことに違いない。空き缶やら玉子が投げつけられてもおかしくはないの。
 だから、一に練習、二に練習、三を飛ばして四五練習、とにもかくにも練習を重ねて歌も踊りも完ペキにする。アイドルファンの方のためにも本物のアイドルに泥を塗らないためにも本物以上を目指そう。四人で決めた目標はでっかく、だ。
 それにしても、もうことりちゃんが衣装を考えてくれているなんて思わなかった。可愛いものにセクシーなもの、ふたりずつの衣装にしようと愛らしい声で言っていた彼女を思い出す。穂乃果ちゃんとことりちゃんが可愛い方だろうし、私はセクシーな方かな。似合えばいいけれど、衣装に着られてるような見映えになったら嫌だなあ。
 タオルで額を拭いながら野球部に戻ると、先ほど見かけた彼がこちらへ手を振っている。
「百合香ちゃーん!」
「葉羽くん、言ってくれた?」
「うん、様子を見に行ったんだけど、百合香ちゃんの言ってた通りだったよ」
 葉羽くんに伝えたこと。それは、みずきの変化球が伸び悩んでいることから、みずきが無理をしすぎないか見てほしいということ。そしてもうひとつ。もしも無理をした時は、友沢くんに止めてほしいと頼むこと。このふたつだ。
 そして葉羽くんが言うのは恐れていたことが当たってしまったということ。やはり、みずきもそこまでのものを背負っているのだ。私にどうもできないこと、力になれないこと、たくさんだ。野球のことならなおさら私に介入の余地はない。これが彼女のためにマネージャーになった人間のセリフだろうか。つい最近、仲違いを起こしたばかりだというのに私は挽回もできやしないじゃないの。
「友沢くん、止められたかな」
「きっと大丈夫だと思うよ。なんなら、俺たちもみずきちゃんのところに行こうか」 
「そうだね」
 葉羽くんが言ってたように大丈夫、大丈夫よ。ぶり返すようで悪いけれど、友沢くんは元投手。超過投球で肘を壊して野手転向したと聞いた。それならばみずきがやらんとしていることは彼なら止められる、はず。
「あれ、百合香ちゃん。なんだか不機嫌そうな顔だね」
「えっ、あ、そう……かな?」
「もしかして、みずきちゃんに妬いてるとか? 百合香ちゃん、友沢とできてるって噂だしね」
「もう、なにその噂。……でも、なんか違う感じ」
「違う感じ?」
 葉羽くんのからかう声を否定しながらも胸の深くを抑える。みずきのこと、支えてあげたい。もっと彼女のために。そんなことを考えていた。
「なんだろう、寂しいなあって」
「寂しい……ね」
「うん、みずきのこと、ほんとは支えてあげたいのに……私じゃダメなんだなって」
「……はは、予想外だよ百合香ちゃん。それ、友沢に妬いてるんだ。百合香ちゃんはみずきちゃんが本当に大切なんだね」 
「……うん」
 すっと胸に落ちた、私のみずきへの思い。大切なんだ、私。自分が思っているより、ずっとずっとみずきのことが。正体を暴かれた気持ちは恥ずかしがろうがもう離さない。野球ではなにもできなくとも、私は彼女の友達だ。そして彼女は私の友達。
 葉羽くんと室内練習場を覗く。と、そこには思ったとおり、みずきと友沢くんがいた。みずきの横で友沢くんがボールを握っている。どことなく入りづらい雰囲気に、私たちは息を殺した。
「握りが浅い。それじゃ指先が使えないぞ」
「……スライダーってなかなか難しいわね」
「俺は子どもの頃から投げられたがな」
 って、嘘でしょう。スライダーの投げ方を友沢くんが教えている。止めていると思っていたのに。まさに望んでいたことと真逆の光景だった。
「あ、あれ……百合香ちゃん?」
「……なにしてるのよ、友沢くん」
「百合香ちゃんが、怒ってる……!?」
 ひそひそ声で怯える葉羽くんを差し置いて、私は怒りを露わにした。目は据わり眉は憤っているに違いない。許せるものか、いや、許せない。今は友沢くんだとかそんなことは取るに足らない問題だ。強いて言うなら、ううん、最初から目的はただひとつ。みずきのオーバーワークを止めること。彼女は私が守るんだから。
 言葉通り石より固く頑丈な意思を抱いて彼のもとに歩いていく。ズンズンと行進さながらに上を向く足は今や誰にも止められはしない。そう、葉羽くんですら。
「友沢くん!」彼は私と正反対の表情を見せた。
「東野、葉羽から聞い」
「なんてことしてるのよ! 私が言ったのは、みずきを止めてってことだよ! 投げさせてなんて頼んでない!」
「ちょ、百合香ちゃん!」
 言ったでしょう葉羽くん。今の私はあなたにすら止められない。そうよ、大切なみずきのために友沢くんを……!
「私、友沢に止められてから投げてないわよ。スライダーの握りを教わってただけ」

 
 ◆


「……顔を上げなよ、百合香ちゃん」
「東野、俺なら気にしてないぞ」
「そうよ、友沢が百合香に怒るなんてない! 100%ない!」
「おい。……まあ、そうだな」
「ほら、友沢もこう言ってるだろ?」
「うん……」
 身体と垂直、地面と平行、きっかり九十度下げた頭で彼を見ると確かにいつも通りだった。
 早とちりしたおバカな私めのために繰り返すなら話はこうらしい。友沢くんは無理をしてしまいそうなみずきをきちんと止めて、そこから変化球の話になったのだとか。投げられないのなら握りを勉強したいとのことでスライダーを教わっていたのだとか。なんということでしょう。彼はしっかりと役目を果たしていらっしゃいました。やってしまった。よりによって、好きな人に。
「東野、そんなに落ち込むな。勘違いなんて誰にでもある」
「うん、ありがと……」
 ええ、普通ならそれで終わりますよね。でも、あなたは特別だからそれでは終わらないのですよ。ああ、もう。数秒前の私ってば、あわて者め。
 そんな惨めな私を見てか、みずきは葉羽くんと友沢くんを練習場から追い出した。「ほらほら、ここからは男子禁制よ!」切り札ともいえる女の権限を振り回して彼女より大きな男の子たちふたりの背中を押して放ると、ドアを勢いよく閉める。ガシャン! と響いた音に私まで反射的に目を閉めてしまった。途端に、ふたりだけだ。
 動けないでいる私に、みずきはあのワガママ娘かと疑いたくなるような穏やかな微笑みをしてみせる。
「友沢から聞いたの。野球部に入ろうと思ったきっかけって……私だったのね」
 なにを言い出すのかと思った。気恥ずかしくなって私は俯く。さっきまで志高く大切なみずきがとほざいていたのはどこの私だろう。そうだよと消え入る声で肯定を示した私を噛み締める彼女へ、本当のことを話していいのかな。頭を掠めたものはあの時の私を認めてほしいのか、はたまた、私をもっと頼ってほしいのか。自分のことなのに真意はわからない。それでも、気づけば口が動いた。
「初めて野球部に行ったとき、あおいちゃんと話しているみずきを見て……会ったばかりの私が、支えてもいいのかなって思ってた。みんな、確かな目標と一緒にここにいるのに、こんな気持ちじゃ失礼かなって」
「……そんなの、関係ないじゃない。私は、百合香が私のためって思ってくれるのなら嬉しいに決まってる!」
 ニッコリと私の暗雲を振り払ってくれたみずき。室内だというのに、その水色の髪がふわりと舞い、彼女を一層美しく見せた。心のどこかが軽くなる。聞いたことのあるセリフが耳触りよく私を包み込んだ。
「私、友沢に言われて気づいた。練習をして怪我をするのは自己責任、悪いのは自分、苦しいのも自分だけ。そう思ってたの。でも、百合香も私が野球できなくなったら、悲しむ。でしょ?」
「当たり前だよ!」
「うん、そうよね。だから、百合香のためにも無理はしない! 私は少しずつ、私のシンカーを完成してみせる!」
 そう、この勝ち気な顔。これがみずきだよね。くよくよしているなんて、らしくない。私の願いはあなたの願い。たったひとつの真っ直ぐな気持ちは彼女のためだけにある。この子がこの表情で進んでいられるためだけにあるって、そう気づかされたの。
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