青春プレイボール!

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 ライブは大盛況で幕を降ろし、いろいろな人に声をかけてもらえて。成功してよかったな。みずきなんて、来る人去る人に「百合香は私の大親友なんだから!」と自慢そうに豪語していた。止めなかった私も私です。
 わらわらと興奮冷めやらぬ教室の中。制服に着替えた後で辺りを見渡す。すると、ちびちびとウーロン茶を飲んでいる彼が視界に入った。なんだか可愛らしい姿だと笑いながら足を進めた。
「友沢くんの知り合いさん」
「中学三年、久遠ヒカルです。東野百合香さん」
「あ、名前……」
「ライブ中に、東野さんの名前を叫んでいる人がいたので……。あの、ライブ、すごかったです! すごいだけじゃなくて、えっと、その……」
 必死に何かを伝えようとする久遠くん。初めて見る歳相応の姿、そして何より彼の嬉しそうな笑顔に私も自然と笑っていた。
「ようやく、笑ってくれたね」
「……え?」
「久遠くん、友沢くんと会ってから、ずっと浮かない顔してたから。今日は文化祭だし、もっと楽しんで欲しかったの。……お節介だったかな」
「い、いえ! ありがとうございます!」
 さすが友沢くんの知り合いというべきか。きっかり九十度に身体を折られてお辞儀を贈られる。やんわりと頭をあげるよう諭すと、彼はさっきの笑顔はどこへやら。今度は思いつめた表情をつけている。友沢くんのことを思い出させてしまったかな。「どうしたの」と聞けば思い出したように目を緩めたけれど、はっきりと分かる。作り笑いだった。
 ライブの前、彼にさせてあげたいと願った表情はそれではないの。もっと、もっと影のないものなの。出来る
ことなら、暗雲を消してあげたい。
「……久遠くん、話したいことがあったら、どんなことでも話していいんだよ」
「話したいこと……」
「だから、ね。一人で考え込まないで」
 出会ったばかりの先輩が何を言っているのかと思うだろうか。ううん、それでもいい。出会ったばかりの後輩の力になりたいと思ったのだから。
 願うように久遠くんを見つめていれば通じ合えたのか、はたまたそんなに美しくないぞとお手上げをされたのか。真相は知らないけれど、彼の真剣な瞳と謁見することができた。
「……東野さんは、親友とか、尊敬できる人っていますか?」
「ううん、そうねえ」
 待ち望んだ彼からの質問に先ほどみずきから言われた言葉が浮かぶ。大親友、だったね。そうです。彼女は私の親友ですもの。
「うん、親友って呼べる人はいるよ」
「…………」
 久遠くんが表情を曇らせた。友沢くんに会った時のような、寂しそうな顔。そんな彼を心配しているのが伝わってしまったのか、彼は再度微笑んだ。力なく。
「……もし、ですよ。もしも、その人に裏切られたり、土壇場で逃げられたりしたら、どうします?」
 みずきが私を、裏切ったり、逃げたり。胸がヒヤリと震えた。一度、私の思いこみだけど、そんなことがあった。
「そしたら、わけを聞く……かな」
 私がちゃんと話していれば、あんなことにはならなかったできごと。みずきを本当に失ってしまうんじゃないかと思うほどの、できごとだった。
「……じゃあ、その人がわけを話してくれなかったら、どうしますか?」
 久遠くんの言葉に、あの時の私が重なった。みずきに、そっけない態度を取った私。そのせいで、部活でも距離ができて。でも、みずきが私にしてくれたこと。
「きっと、なにか言えない大きな理由があると思うから、言ってくれるまで……信じて、待ちたいな」
「信じる……」
「親友なら今すぐ言えなくても、いつか必ず話してくれる時が来ると思うの。だから、あまり考えないようにして、そっとしておくよ」
 部活でも、教室でも。遠くから見ていたみずきは気丈で、いつもどおりで。友沢くんに言われるまで、泣いていたなんて、知らなかった。謝ったとたんに、大粒の涙を流していたみずき。初めて見た、そんな姿。
「そうですか……」
 久遠くんは、私の言葉を噛みしめるように目を閉じる。彼がどう思うかはわからない。それでも、私にとって、親友はみずきで、親友としての姿を見せてくれたのもまた、みずき。
「……そうですよね。いつか、話してくれますよね」
 再び目を合わせた久遠くんは今まで見た中で、一番さわやかに歯を見せてくれた。
「ありがとうございます、東野さん」
「いいえ、久遠くんが元気になってくれてよかった」
 そしてもう一度ニコリと笑って、残っていたウーロン茶を一気に飲み干した。

 あれから私の仕事は終わり、自由に文化祭を回れる時間がやってきた。しかし、優先すべきは先ほど離れてしまった友沢くんのこと。彼を探さなくてはと久遠くんを連れて歩き回ってるわけだけれど、これが影すら見当たらない。
「どこに行ったのかなあ……」
「そういえば、友沢さんと待ち合わせでもしているんですか?」
「そうじゃないけど、久遠くんに会った時、友沢くんは私のボディガードっていうのかな……そんな役目だったから。もうライブも終わって大丈夫だよーって……」
「えっ! じゃあ東野さんは、僕のせいで友沢さんと離ればなれになったってことですか!? す、すみません!」
「いや、そういうわけじゃ……」
 またビシッとお辞儀を決めた久遠くんに苦笑いを零しつつ、彼の謝意を逸らすためだと私は視線をも逸らした。
「ねえ、久遠くんはどうしてパワフル高校の文化祭に来たの?」
「野球部が強いところなので、見学も兼ねて来たんです」
「へえ、久遠くんも野球をやってるんだね」
「も、って……東野さんもですか?」
「私はマネージャーなの」
 そうだったんですかと目を輝かせる。野球の話題になると、こんな風になるんだ、久遠くん。野球が大好きなんだろうな。
「ねえ、ポジションは?」
「ピッチャーです!」
「ピッチャーか……ステキね」
 みずきやあおいちゃん、猪狩くんと同じ。この人も、野球に熱い思いを持っているんだよね、きっと。
「東野さん」
「なに?」
 失礼ながら考えごとをしていると、彼の指が前をさしている。その方向に目をやれば、探していた友沢くんがいて。バッチリと目が合った彼は、久遠くんがいるからか、気まずそうに眉を寄せている。それに、私と久遠くんは顔を見合わせて小さく笑った。そうよ。友沢くんは私たちの会話、まだ知らないんだもんね。
 いっておいで、と彼に伝えるとトタトタと友沢くんへと走っていく久遠くん。未だ、先輩である彼の表情は苦いものだ。
「友沢さん」
「久遠……いい加減、過去のことは」
「ええ。僕、頑張りますから」
 フフ、友沢くんが驚いている。それもそうだよね。
「……見ててください。僕は、あなたを越えてみせます。いつか、必ず」
 力強く友沢くんを見据えた久遠くん。でも、その顔はとても晴れやかで。最初の印象とは随分異なっていた。
「……それでこそ、お前だよ」
 そしてようやく、ふたりの笑顔が重なることができたのです。

 東野さん、いろいろありがとうございました。え、何を話していたかって? ……友沢さんには秘密ですよ。ね! ではおふたりともお元気で!
 そんな年下の可愛らしさを残し、去っていった久遠くんに手を振る。とても素直な人でしたね。
「友沢くん」
「なんだ?」
「久遠くん、友沢くんのことが大好きなんだね」
「……さあ、どうだろうな」
「ふふ、照れなくてもいいのに。うらやましいなあ、あんなにいい後輩に私も慕われてみたい」
 友沢くんの横でぽつりと呟けば、くつくつと堪えながら笑い声をあげられた。なによう、笑うことないじゃないですか。
「東野の後輩か。橘みたいなヤツしか想像できないな」
「みずきがふたりもいたら、友沢くんも私も大変だね」
「……勘弁してくれ」
 が、本当に嫌そうな彼に意地悪が成功した気分になる。仕返しだ。見返してやったぞ。私は優越感に浸っていた。
 そういえば、友沢くんはどこにいたのだろう。久遠くんと会ってからはほぼ私とは別行動だったけれど、どこかに行っていたのかな。本当は形だけでも、私と文化祭の校内を回るはずだったのにな。それだけが心残りです。
「ああ、言い忘れていたな」
「……どうしたの?」
「ライブ、良かったぞ」
「あれ、友沢くんも見ていたんだ」
 ただ、しまったと言わんばかりに片腕で口元を隠した友沢くんを見ていたら、文化祭の心残りなんて何もないなと思うのでした。へへ。
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