青春プレイボール!

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「寒くなってきたね……」
「そうだね」
 冬が訪れたころ。外はもちろん教室の中でもスカートとソックスの間、つまり女子高生の生命線である領域は鳥肌が立つほどで。私とみずきは時々手で乾布摩擦を繰り返し、仄かな熱を生み出してことを過ごしていた。
 季節のせいあってか野球部の活動はこの先どんどん少なくなる。事実、世間では休日と呼ばれる今日、午前中のみの部活。今はその帰り道というわけだ。短い練習を複雑に感じてそうな彼女をチラリと盗み見れば、やはりそれが如実に表れた顔をしている。
「ねえ、遊びに行こっか」
 ここは友達、いや親友として一肌脱ぎますか。驚いた顔に変わるみずきに笑いかけると、ほとんど力任せに約束をとりつける。準備しておいて。家についたら、着替えて寮に迎えに行くからと。猪狩くんの行動をマネしてみたけれど、この感じは悪くないかも。まるで王子様みたいで、カッコよかったかもしれないぞ。私。
 みずきとアパートの前で別れると、鼻歌交じりで今日のプランを考えるのだった。みずきとデート。それなら、可愛くしなきゃね。友沢くんと出会った時よりもうんと気合いを入れてオシャレをする。いつもはしないアクセサリーをつけて。コートもみずきの髪と一緒の水色。それと、お気に入りのブーツ。鏡の前で一回転することを忘れてはいない。鏡の向こうは機嫌がよさそうな女の子が垢抜けた微笑みを携えていたのだから、もう大丈夫だと私は家を飛び出した。
 家の外ではスキップが勝手に顔を出す。今日の私はここ最近で一番輝いているのでしょう。そうだ、こんな日はショッピングに行こう! うんうん、いつもは野球三昧だもんねえ。たまにはみずきと女の子らしく楽しもう。不意に浮かんできたナイスアイディア、どうやら頭まで冴えているらしい。みずき、どんな格好をしてくるのかな。きっと可愛いんだろうな。早く見てみたい。足と共に揺れる私の髪もさぞかし楽しそうに弾んでいるに違いない。音符などいくらでも奏でられるほどのルンルン気分をそのままに、私は寮へと入って行った。
 しかし。寮では知ってる人ばかりなわけで。部活の時にはもちろんオシャレなどしない私は、物珍しさに捕まってしまった。百合香ちゃん、女の子だね! かわいいなあ! 写真を撮ろう! など。そんな会話に苦笑いを浮かべつつも部員の人とあって邪険に扱うわけにもいかない。でも、早くみずきに会いたい。ううん、どうしよう。悩んだ末はこれだ、謝りながら先輩たちの脇をダッシュですり抜ける。前にもあったな、こんなこと。
 場所はもうわかりきったみずきの部屋の前に来てノックをする。中から、百合香ー? はいってーと抜けた声が聞こえてきて。もう、私じゃなかったらどうするの。不用心だなあ。
「わあ、百合香かわいい!」
「みずきもね。オレンジのシャツ、よく似合ってるよ」
「ふっふーん、百合香とふたりで遊ぶんだから、はりきっちゃった!」
「一緒だよ、私も」
 彼女はやはり想像通りの愛らしさだ。可愛いは罪とやらです。腰を上げた彼女は、いつもなら私の手を引いて私ひとりではたどり着くことのできない景色を見せてくれるけれど、今日は逆転だ。私がその白い手を引いて駆け出した。目指すのは、もちろん。さっきのナイスアイディアに採用の判が押されているのを見ればわかるでしょう? 以前友沢くんたちと来たことがあったけれど、みずきと来たいと思っていたショッピングモール。一度駆け出し始めた足は目的地までノンストップです。

 靴音ふたつずつを引っ下げて着いたモールの自動扉、開くのが待ち遠しくなるほどに私はもう身体いっぱいに高揚感が詰まっていた。胸もパンパンに膨らんではち切れそうにしている。苦しくはないことが不思議なくらいだ。
「百合香、アクセサリー見るわよ!」
「うん、いこうか!」
 みずきの首元にかけられた三日月のペンダント。かわいいな。それを見てちょうど、新しいアクセサリーが欲しいなんて思っていて。売り場にはどんなアクセサリーがあるんだろう。ワクワクが隠しきれず、隠す気もなく、みずきとアクセサリーショップへ向かう。
 そこは、目の前にライトで照らされた宝石たちが座っていた。私もみずきも、それに目を輝かせずにはいられない。
「ステキ……!」
「かーわいいー!」
「みずき、見てっ、これ!」
「百合香っぽい! 絶対似合うよ、それ!」
 野球部とは思えないほど、かしましくアクセサリーを眺めていると、みずきがポンと手を打つ。
「ねえ百合香、イヤリング買おうよ!」
「みずきの?」
「違うわ、百合香の!」彼女はニヤリと笑う。
「えっ、私の?」
「そうよ! 私が買ってあげるから。ね、いいでしょ〜?」私は慌てて値札を確認した。
「い、いいよ! 結構高いし……」
「だーいじょうぶ! 私、結構お金持ってるんだから!」 
 なのに、決定だとみずきは近くにあったイヤリングを取った。いくらするんだろう。チラリと見えた数字は、零がたくさんあった気がする。とてもとても一人暮らしの私が敵う代物ではない。
 レジから持ち帰ったみずきの手には、三日月のイヤリング。「すぐにつけてね!」そう言われた通り、受け取った私は店員さんが貸してくださった手鏡を見ながらつける。少し長めのイヤリングは、私の耳元に色気を醸し出してくれた。お金のことは気になるけれど、鏡に映る私は従順で嬉しそうに笑っているのだから、これを無視することは到底できそうにない。耳を彩る彼女の選んだ形を鏡越しに眺めるのです。
「ほら、おそろいだよ!」
「……うん、嬉しいな。みずきとおそろいなんて」
私は耳を、彼女は首を、お互いに見せては同じく顔を綻ばせる。だって、そこには三日月がふたつ輝いているんですもの。

 そうして、ふたりまるで普通の女の子のよう、野球部などと言われたら目を丸くしてしまう様でショッピングを楽しんでいる時だった。
「あれ、みずきと百合香?」
 聞いたことのある声に振り返る。と、そこには同じ野球部のピッチャー、あおいちゃんとおしとやかな雰囲気の女の子がいた。
「あおいちゃん!」
「やっほ、百合香。みずきと一緒なんだね。それに、今日はなんだか可愛い」
 彼女のストレートな物言いに嬉し恥ずかしくなり、そっとうなずく。すると、今度はあおいちゃんの隣にいる女の子があおいちゃんの肩を叩いた。
「あおい、この方たちは……」
「ほら、話したことあるでしょう? ボクのチームメイト、橘みずきと東野百合香だよ」
「ああ、あなた方が……。初めまして、七瀬はるかです。あおいがいつもお世話になっています」
「はるかは、ボクの親友なんだ」
 はるかちゃんはペコリと頭を下げてきて、私もみずきもあわてて頭を下げる。あおいちゃんの親友さんは、随分と礼儀正しい人らしい。色素の薄い髪を耳にかけて微笑む仕草は、彼女の穏やかな容姿を助長しているような気がした。
「そういえば、あおいさんとはるかさんはどうしてここに?」
「洋服を見に来たんだよ」
「あおい一人じゃ心配で心配で。それに、あおいの服を選ぶのは、私の係なんです」
「もう……はるか、そんな係はないよ」
「あおいは野球に集中です。雑用なら、私が休日にサポートします」
 それなのに、はるかちゃんはあおいちゃんのこととなると目の色を変えてしまうのだから、ふたりの掛け合いが面白い。いいな、息ぴったりだ。まさにふたりは親友なのだろう。みずきと私もこんな風に見えるのかな、だったら嬉しいと彼女を凝視してしまう。
「おふたりは?」
「あ、私たちはこれを」
「見てくださいよ、百合香とおそろいなんです!」
 そんな私の視線に気づいたのか、おっとりとした瞳を向けたはるかちゃんに聞かれ、先ほど買ったイヤリングを見せる。すると、彼女たちふたりも手を合わせて可愛いと褒めてくれた。みずきとおそろいだからか、さっきあおいちゃんに言われた時より、ずっと気持ちが浮足立つ。へへ、と笑みがこぼれた。
 すると突然、私たちを見ていたあおいちゃんがそうだと目を輝かせる。
「これからご飯食べに行こうと思ってたんだ。百合香とみずきもどう?」それはこちらからぜひ願いたい。
「いいんですか!?」
「はるかちゃん、いいかな」
「大勢で食べた方が楽しいもの、ご一緒しましょう」
「わあ、ありがとう」
「フフ。じゃあはるか、よろしくね」
「ええ、任せて」はるかちゃんが私たちに背を向けた。
「はるかちゃん?」
「はるかはねえ、舌が肥えてるんだよ。お店を選ばせたら百発百中だよ!」
「さすがあおいさんの親友ですね!」
「ウフフ、そう言ってもらえると嬉しいです。そうですねえ、こっちのお店でしょうか」
 嬉しいお誘いをうけて、あおいちゃん、はるかちゃんと一緒にやってきたのは、パスタのお店。雰囲気もイタリアンの上品さが出ていて、ステキなところ。「ここにしましょう」と微笑む彼女の紹介で来たけれど、はるかちゃんはこういうオシャレなお店をたくさん知ってるのかな。機会があれば、別のところも教わりたいもの。
「はるかさんは恋恋高校なんですね!」
「そうなの。野球部はあまり強くないけど、あおいを見習って、私もマネージャーをやってるんです」
「もう、はるかもパワフル高校に来ればよかったのになあ」
「ふふ、ごめんなさいネ」
 さらに、私がみずきを支えたくて部に入ったこととどこか似ている。クスクス笑うはるかちゃんは魅力的で。あおいちゃんの隣がよく似合う人だと思った。
「はるかちゃん、私と同じマネージャーなんだね。嬉しいな、そういう友達ができて」
「あら、百合香さんもなんですね」
「百合香は、私のために入ってくれたんですよ!」
「ふふ、みずきも百合香もすっごく仲が良いんだよね」
 そんな女子和気藹々の中、パスタを運んでくれたお兄さんにお礼を言ってパスタが入るように四人で記念に写真を撮る。はるかちゃんが目を瞑っちゃって撮り直したら、みずきがくしゃみをして。もう。みずきってばと笑い混じりに再度携帯を構えると、パシャリ。映ったのは、2回のアクシデントで立派に緩んだ4つの顔だった。
「そうそう、マリンボールの完成には、私がすごく関わってるんですよ。ね、あおい」
「ああ、あの時ね……水素と酸素を融合させるなんて、最初は何を言ってるのかわからなかったよ」
「そ、その話詳しく聞かせてください!」
「みずき、急に立ち上がらないの」
 でも、結局は野球の話題。女の子らしいトークとはいえないかもしれない。でも、これがすごく心地よかった。
 楽しい女子会も終わりを迎え、パスタ店の前で、あおいちゃんとはるかちゃんと別れた私たち。アクセサリーも買えたし、二人とも会えたし、もう望むことは特にない。
「はるかちゃん、楽しい人だったね」
「うん……というか、あおいさんにもああいう人がいたのね」
「ああいう人?」
「私にとって、百合香みたいな人」
 みずきがふっと笑いかける。その顔を私は呆然と見ていることしかできなくて、歩く人波と対照的で。みずきは知ってか知らずか。なおも言葉を続けた。
「ね、私たちもあおいさんたちみたいなことしてみようか!」
「あおいちゃんたちみたいなこと……?」
「服、私が選んであげるからさ、百合香も私のを選んでよ!」
「……うん!」
 望むことは特にないって言ったよね。あれ、撤回します。みずきとなら、どんなこともしてみたいや。みずきに腕を引かれながら、人と人の間をすり抜ける。
「期待してなさいよ! 私、センスいいんだから!」
「ふふ、私だって負けないよ! みずきのこと、すっごく可愛くしてあげる!」
 そんなことを話している時、友沢くんたちと入ったことのあるブティックの前を通ったけれど、彼のことなんて頭にまったくなくて。みずきはきっと、私にとってそういう子なのです。
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