青春プレイボール!

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進くんと別れた帰り道、家まで歩きながら、みずきの携帯に電話をかける。そろそろ、私の家に私物を持ち込みたいと言っていた、から。そう、それだけ。
心臓は、ものすごい音を立てていた。手も、震えていた。冬なのに、服が汗で濡れた。耳から伝わるコール音が、刃を持っているようにさえ思えて、携帯を少し耳から離す。遠くなったコール音に、笑われてるみたいだった。

「もしもしー、百合香ー?」

「う、うん、そろそろ、準備できた?」

「もうバッチリ! いつでもお泊りできるよ!」

「そう……じゃあ、好きなときに来ていいよ。カギは表札の裏にあるから」

早く、切りたい。そんな一心で口を動かしていたからか。

「百合香、なんかあった?」

「えっ、ど、して……」

「んー、なんとなく? 親友のカンよ、カン」


「…………」

「……百合香?」

動いていた足が止まった。熱いものが伝った。何も知らない彼女は、なおも、私のことを親友、と呼ぶ。たった一言。ごめんね、心の中でそう呟いて。

「実は、今日食欲なくて……ケーキすら食べられなかったんだよ?」

「えーっ、それはサイアクね……」

「だから、今度リベンジ付き合ってよ、ね。みずき」

「行く行く! 絶対行くわよ!」

立っていた足は動くことなく、濡れた頬を冷えた空気がつつく。ごめん、ごめんねみずき。だいすき、こんなにもだいすきなのに。どうして、私は友沢くんを好きになってしまったの。

「ありがと、じゃ、今帰りだから」

「はいはい。じゃあねえ」

みずきと話していた電話を切って、空を見上げる。真っ暗だ。それと同時に零れ落ちてきたのは涙。どうして、私が泣いているんだ。このことを知ったら、泣きたいのはみずきの方でしょう。どこまでも自分勝手。

なにかに、引かれた。ぐい、と加減のない唐突な力は、私をおびえさせるにはもってこいのもの。こわくて、でも、それを勝る悲しみ。引かれた方を見ることくらいはできた。
とたんに、振り返らなければよかったと、そう思った。だってそこには、頭を占めていた、彼がいたのだから。弱々しく、彼の名前が口から滑り出ていて。それで、ようやく自覚した。ここに、友沢くんがいることを。涙の温度が、ぐんとあがった。

「どうしたんだ」

険しい顔。言わずもがな、泣いていることだろう。でも、言えない。言えるはずない。

「……なんでも、ない」

「そんなわけないだろう」

そんなわけない。そのとおりだけど、友沢くんを相手に、話せることじゃない。掴まれた肩から手を払って、踵を返そうとする。けれど、それは友沢くんの大きな手に阻止された。がしりと、逃げられそうにもない。でも、でも、こんなのいやだ。つらいよ、友沢くんが、大好きだから。彼に腕をとらえられたまま、顔を背けて、瞳に手をあてる。
その時、ただつかんでいただけの彼の手が動いた。力で勝てるはずもない私は、素直に友沢くんと向き合わされた。一瞬だけ見えた友沢くんは、悲しそうで、そんな顔をさせているのは……きっと、私なんだ。

「泣くな」

遠慮もなく、顔に友沢くんが着ているセーターがちくちくとささる。ちょっぴりいたいものの、やわらかい布があたっていて。なんだか、気持ちがすっと大人しくなっていくのを感じる。さっきまでずっと泣いていたからかな、だんだんとおかしくなってきちゃった。しまいには、声をこぼすほど笑えてきて。……友沢くんって、ふしぎなひと。妙におもしろくて、それを伝えたら、むっと顔をしかめられた。でも、それですら、今の私にはおかしく感じちゃうよ。

「ありがとう。笑ったら、ちょっと楽になったよ」

「……東野がそう言うのならいいが」

「ふふ、友沢くんのおかげ」

だから、もう大丈夫。そう笑ってみせると、そうか、とようやく彼も同じ顔をしてくれた。友沢くんは、本当に私にはないステキなもの、たくさん持っている。

彼はバイト帰りらしいのに、さも、当たり前のように家まで送ってくれた。やさしさゆえか、泣いていた理由を追及してこないから、いつしか悩んでいたことも忘れてこの時間をかみしめていて。すごくしあわせ。このまま、時間が止まってしまえばいいのに。本気で、そう思えた。でも、そうはいかないよね。楽しい時間はすぐに過ぎるもの。気づけば、目の前にアパートがそびえていた。

「ありがとう。ごめんね、バイトした後で、疲れてるのに」

「いや、俺が勝手にしたことだ。気にするな」

「前もそんなこと言ってたような気がする。……あの時と、同じだね」

あの時も、こうして送ってくれたんだっけ。友沢くんのことを憧れだと思ったんだよね。なつかしいなあ、なんてひとりほほえみを隠しきれないでいると、私の手がさらわれた。その主は、もちろん友沢くん。両手は彼の手の中で、きゅ、と熱をうけた。

「あの……?」

「25日、空けておいてもらえないか」

その言葉に、こころが空に舞う。クリスマスは好きな人と過ごす特別な日。まさか、いいえ、そんな、でも。いろんな感情が入り混じって、くらくらとした。顔に赤みがさして。ああ、ダメ、だめだって。ひとりで考えた時、決めたでしょう。彼を直視できなくて、私の視線は流される。

「……み、ずきと、行かなくて、いいの……?」

彼の目が見開かれて。言ってしまった。くさりととげがささった私のこころ、それを映し出す、私のかお。彼に、見てほしくなかった。そう思ったとき、だった。

「百合香になにやってんのよ友沢!」

私を親友と呼んでくれる彼女の声、そうだ。そうよ、これでいい。なにを舞い上がってるんだろう。ばかみたい。わかってたことなのに、なにしているの、わたしは。頼りないちからをふりしぼって、彼の手を払った。そのまま、アパートへ駆けていく。友沢くんが私を呼んだ。それを聞かないで、一心不乱に走った。
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