青春プレイボール!

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「はあ、東野っ!」

息ごもった、ずっと、話したかった声。弾かれたように振り向くと、めずらしく息を乱した友沢くんがいて。

「どうして、ここに……」

平坦になったはずなのに、また揺れだす気持ち。彼は、自身の机の上に座る。遠くも近くもない距離ができる。

「……図書室で、宿題をやっていたんだ」

「そっか、友沢くんはバイトも野球も、いろいろあるんだもんね……」

まあな、とやさしく目を細める友沢くんは、緊張なんて無縁で。わたしだけみたい、こんなになっているのは。話さなきゃ、話さなきゃ。思うたびに、心拍が大きくなっていく気がした。
いつもどおりのふりをしてるけど、相手に伝わってしまいそうで、どうしよう。

「東野から電話があったから教室に来たが、まだ校舎にいてくれてよかったよ」

「じゃあ、宿題の邪魔しちゃったかな。ごめんね」

「いや、俺も東野を待っていたから、気にするな」

友沢くんも、待っていた。話したかったのは、彼も同じらしい。机から立ち上がると、私の席へ歩いてくる。その動作は、すごくゆっくりして見えて。私は力の抜けない手を胸にあてた。

「東野」

彼が私を呼ぶ。さっきよりも近い場所で。翡翠というには澄んでいて、黄緑というには力強い、彼の目を見た。

「クリスマス、一緒にいてくれ」

ただ、ただ、そう言われているだけなのに。どうしてこうも。

「……うん。一緒に、いさせて」

言いたかったこと、なんだっけ。そんな錯覚に陥るほど、それしか言葉が出なくて。頭になにも浮かんでこなくて。けれど、思い出したことがたったひとつだけ、ある。それはきもちだった。デジャヴのような気がした。それくらい、あの時、友沢くんのやさしさにはじめてふれた時のきもちと、今のきもちは、よく似ていた。ああ、すき。そう思った。彼のことになると、どうしてこうも。

帰り道に、なにも話せなかった私。友沢くんもおしゃべりじゃないからか、のしかかった沈黙。しかし、それは重いものでは決してなかった。もう、家についてしまって。以前、ここで手を握られたんだっけ。ひとり、思い出して恥ずかしくなった。

「ありがとう、最近、送ってもらってばっかりだね」

「東野は女じゃないか。俺が送るのは当然のことだろう」

そんなこと、しれっと言わないでほしいな。もう、ほんとうに。仕返しの意を込めて、ちょっぴり拗ねてみたけど、彼には通じない。

「じゃあ、また、ね」

「ああ、クリスマスにな。午後6時くらいに、迎えに行く」

「……うん」

しかも、返り討ちにあうなんて、聞いてないよ。正直な反応を示す顔をマフラーに埋めた。友沢くんは、私に背を向けて去っていく。その姿すら、私の鼓動を叩くのには十分すぎて。彼が見えなくなる前に、アパートに入っていった。

「ただいま。」

「おかえり、先生に目つけられて可哀想だったねえ」

「うん……でも、穂乃果ちゃんもいたし、そんなにイヤなことばっかじゃなかったよ」

「もう、百合香はもっと怒った方がいいよ! 後ろから見てたけど、うるさくしてたの高坂さんじゃーん!」

「まあまあ、もう済んだことだし、ね」

家につくと、寝そべって雑誌を読んでいるみずきがいた。時間的にも、そろそろ晩ごはん、作らなきゃ。制服を脱ぎながら、みずきに目をやる。

「ねえみずき、何食べたい?」

「うーんとね、プリン!」

こっちを見ずに言うみずきに苦笑い。甘いものの紹介ページでも見てるのかな。部屋着を手にとって、袖を通した。

「もう、夜ごはんのはなしだよ」

「ああ、ごはんか。じゃあ、そうね……カレーがいい!」

「カレーねえ……ルーがあったかな」

着替え終わった服に、エプロンを通す。ルーは確か、棚にストックがあったような。

「あっ、あった。今から作るね。そうだ、お米の炊飯ボタン押してくれる?」

「もう押してあるよ!」

「ありがとう、じゃあ急いで作らなきゃ」

一年もしない一人暮らしだけど、こうして帰れば人がいるのは新鮮で。洗濯物も増えたし、ご飯を作る量も増えたけど、笑顔も楽しいことも増えた。この後はきっと、バラエティ番組でも見て、お互いコメンテーターのように何かを言い合うんだろうな。
自然に、頬がゆるんだ。友沢くんと一緒にいる時とは、また別の心地よさ。この雰囲気に、すごく安心する。なんて、みずきにひっそりと感謝した。
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