青春プレイボール!

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ご飯を食べた後、あてもなく足を進めていたけれど、確実に近づいている場所があった。それは、私の家。いい時間になってしまったし、帰らなきゃ、かな。切ない気持ちになりながらも、それを振り払う。だって、彼の家には翔太くんと朋恵ちゃんがいるはず。
すごく、すごく、楽しかった。だからか、まだ帰りたくない。でも、そんな本音は言えるはずなく、すでにパワフル高校前にまで来ていた。

「東野」

不意に、呼び止められる。足をその場に留めると、友沢くんは誰もいないことを物語っているグラウンドを指さした。入ろう、ということ。私はうなずいて、歩いていた足の先を高校へと向けた。意外、かも。彼みたいな人が夜の学校内に忍び込むなんて。かくいう私も、悪いことをしているはずなのに、どこかときめきを感じている。
やってきたのは野球部グラウンド。いつもと同じはずの場所が、誰もいないこと、黒く染められた寒空の下というだけで、知らない場所のように感じる。友沢くんがマウンド上に立った。
以前は、投手だって言ってた。久々にそこにいるだろう彼の胸中はわからない。私じゃ考えることもできないほど、複雑で、不可解なものなのかな。
私はバッターボックスに立って、マウンドに、身体を向けた。

「東野、聞きたいことがあるんだ」

18.44メートル。向き合う私たちの距離。それだけ離れてるはずなのに、彼の声はしっかりと届いた。なに、と聞けば、さっきよりも重い声が返ってくる。

「どうしてあの時、橘のことを言ったんだ」

あの時とは、友沢くんが今日のことを誘ってくれた時のこと。勘違いしていたこと。ゆっくり、唇を動かした。

「友沢くんは、みずきのことが好きなのかと思っていたから」

私の声も届いたらしい。彼は、不機嫌そうな顔をしている。しかし、それも一瞬で。友沢くんが歪めた顔を戻して、マウンドを降りた。一歩、また一歩。その足はまっすぐ前に出されていて、私たちの距離も少しずつ縮められていく。
月明かりだけが頼りなのに、いやにはっきりと見える友沢くんの姿。音もなく、風もない。それは、一枚の絵のようで、私がそこにいることなんて、感覚すらなかった。
 
「はっきり、言わせてくれ」

彼が、目の前にいる。そのこと以外は、なにも感じることができない。私の意識、気持ち、感覚、すべてが、友沢くんを指差していて。

「俺が好きなのは、橘じゃない」

目が合った。いろんな表情を見てきたけれど、そのどれにも似つかない。きっと、彼が降りてきたあのマウンドに立つ人しか、見たことがない。それほど、真剣なものだった。さっきまでまったくなかった風が、強く吹いた。私の黒い髪がさざめいて、三日月と重なる。対照的な金色に、光った。

「俺は、東野百合香が好きだ」

熱い手が、私の頬にふれた。

「俺と、付き合ってください」

ふわり、やわらかく緩められた瞳。ふれている場所から伝わる熱が、想いと一緒に流れていく。なにか紡ぐこともできずに、髪にかかる手に、私のものを重ねた。目を閉じる。ずっと感じていたい、そんな温かさ。

重ねていたそれが、小さく震えた。

「……東野、期待するよ」

瞼を開き、私より背の高い彼を見上げる。目を細めて、弧を描いた。

「期待、して」

そう言った瞬間、私の身体は前に倒れた。友沢くんの腕が、私の背中に回っていて。やっと、やっとその温かさがわかった。きっと、あの時から、このぬくもりを求めていたのかもしれない。
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