青春プレイボール!

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「映画って……いいの?」

「ああ、たまにはこういうのも悪くないだろ。俺だってバイトしているし、少しくらいなら大丈夫だよ」

なんと、友沢くんが提案したのは映画。しかも、話題の恋愛モノ。見てみたい気持ちはあるし、こう言ってるから、甘えてもいいのかしら。そんなこんなで、おそるおそる劇場に入った私。でも、気持ちは期待でいっぱい。好きな人と恋愛映画なんて、その、ドラマみたいで。
席についても、どこかそわそわしてしまう。

「ちょっと、お店見てくるね」 

「ああ、10分前には戻るんだぞ」

「もう、わかってるよ。子どもじゃないんだから」

バッグを置いて、携帯だけ持っていく。何も買う気はないし、お財布もいいかな。彼に荷物番もついでに任せて、劇場を出た。
友沢くんといると、ドキドキしてばかり。本人は認めないだろうけど、野球の才能があって、なおかつ努力家で。雑誌にも取り上げられたり、他校にも彼を尊敬する人がいる。プロ入り確実で、おまけにかっこいい。一方、私はなーんにもない女子高生。田舎生まれ、田舎育ちで、お金も、器量も、容姿も。これといえるものも、なにひとつない。ぜーんぶ、人並み。まるで少女漫画みたい。
そのくせ、明らかに釣り合わない私をいじめたり、仲間はずれにする人はいない。そんな、恵まれすぎた環境。

「すみません」

「……はっ、はい」

いけない、いけない。ぼーっとしてた。少し遅れて返事をすると、そこには髪の長い男の人。柔らかい笑みを携えてる。

「落ちましたよ」

「あ、ごめんなさい。ありがとうございます」

携帯を落としちゃうなんて、不用心だな。私。拾ってくれたのが優しい人で良かった。彼から受け取ると、もう一度頭を下げる。その人は当たり前のことをしたまで、と謙遜。しかし、受け取った携帯で時間を見ると、しばらく考えごとをし続けたせいか、もうすぐ友沢くんに釘を打たれた時間。あわてて、助かりましたとお礼を述べて背中を向けた。

いや、向けようとした。

「待って」

男のひとに肩を止められて。

「お姉さん……友沢亮と付き合ってるんですか?」

息も、止まりそうになる。さっきまで渦巻いていたものが、ぐるぐるとまた揺れだす。どんな顔をしていたのか、私から急いで離れた彼の手。

「ああ、いや、友沢くん……活躍しているようで、僕、ファンなんですよ。驚かせてしまってすみませんね」

「い、いえ……」

ファンの、方。やっぱり、友沢くんはすごい。自然にうつむきがちになってしまう。そんな私に気づいてか、気づかずか。男の人は、おもむろに携帯を取り出した。

「ここで会ったのも、何かの縁でしょう。よろしければ、連絡先でも」

「え、そ、そんな。私は……」

「まあ、そう言わないでください」

あれよあれよと交換された連絡先。きっと、この人は友沢くんに近づきたいんだな。私って、なんなんだか。どこか悲しい気持ちになって、乾いた笑いを浮かべつつ、彼のもとを離れた。
劇場に戻ると、友沢くんが随分遅かったな、なんて出迎えてくれてそそくさと席に戻る。あの人が話しかけてくれなかったら、きっと携帯を落としたことに気づかなかったし、考えごとを続けていてこの時間に間に合わなかったかもしれない。……友沢くんのファンで、私の連絡先を持っていった人。きっと、悪い人じゃないのよね。

「やさしい人に助けられたの」

「そうか、それはよかったな」

小さく口を緩める彼の顔が、だんだん見えなくなる。劇場が暗くなって。始まるんだ、一気に身体がぽかぽかと熱を持ちはじめた。
ストーリーは、いわゆる戦場での恋。叶わない恋。さっきまで、彼と私の計り知れない差を考えていたから、自然に主人公の女の子に自己投影してしまって。報われない彼女の涙に、ほろりと同じものを流していた。ハンカチをバッグから取り出そうとした時。

「東野、」

暗闇の中で、呼ばれる。顔を向けると大きな手が伸びてきて。それは、私の頬に置かれると、瞳にかかる水滴をそっと払ってくれた長い指。
胸のあたりが、ぐっと窮屈になった。ほんのり浮かび上がる友沢くんが、かっこよくて、儚くて、消えてしまいそうで。怖い。
釣り合わないって、わかってる。普通なら、叶わない恋だって、神様のイタズラのような、そんな恋だって、わかってる。一筋の雫。ひとつ、もうひとつ。とめどなく溢れてきて、目を閉じた。離れたくない。そばにいたい。
髪にかかる手に、触れた。ずっと、一緒にいたかった。なんて、主人公の涙声が耳にかかる。

「……東野?」

戸惑う友沢くんの声が、さらに不安を煽るものだから。

「…………」

開きかけた口をつぐんで。

「いい、おはなしだね」

笑顔を作って、こらえてみせた。
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