青春プレイボール!

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「じゃあね、また明日!」

「うん、またね」

手を振ってから、彼女が寮に向かっていくのを眺めていた。やがて見えなくなった背中。家の中に戻る。ぼーっとしていると、みずきと食べたケーキの味を思い出した。至福の時間だったな。また、ごほうびの時に食べに行こう。
ひとり頬を緩めながら、シャワーでも浴びてしまおうと上着を脱いだ時。テーブルに置いた携帯が震え始めた。かなり響いた低めの物音に、びくりと身体も震える。
誰かしら。見てみれば、意外も意外。びっくりした。出てもいいものか。躊躇ったけれど、悪い人じゃない。以前思ったことを信じて、手に取った。

「はい」

「東野さん、この間ぶりです。蛇島です」

そう、電話の相手は蛇島桐人さん。友沢くんとデートしている最中に出会った人。やわらかくて低い声に、あぁ、こんな人だったな、なんておぼろげになっていた顔をはっきりさせる。

「どうか、されました?」

「いや、もうすぐ夏の大会が始まるでしょう。あの時は隠していたのですが、実は僕、帝王実業高校の野球部なんです。」

帝王実業高校。その名前を聞いて息を呑む。地区は違えど、強豪校。蛇島さんってすごい選手だったみたいだ。何も答えられない私に気づいてか、彼は朗らかに声をはずませた。

「いえ、変な意図はありませんよ。ただ、友沢くんの彼女さんと野球談義でもしてみたいなと思いまして。いかがですかね」

「……でも、私は野球に詳しくなくて、蛇島さんをつまらなくさせてしまうかも、ですし……」

「気にしないでください。僕は、そんなことで機嫌を損ねはしませんから」

どうでしょうか。と囁く耳元。目を伏せる。あまりよく知らない蛇島さんからのお誘い。どうしてもイヤというわけでもないけれど、気が乗らない。……でも、この人は友沢くんのファンであって。

「……わ、かりました。でしたら、来てくれるかは彼次第ですが、友沢くんにも声をかけてみましょうか?」

「い、いや! それは結構!」

「……え?」

「あ、いえ……ほら、友沢くんに来てもらうなんて恐れ多いですよ。東野さんが来てくれたら、それで十分です。ああ、それに彼女さんを連れ出すなんて友沢くんに知られたらまずいじゃないですか」

なぜ。強く否定を示した蛇島さんに、ほんのり違和感が生じて。ファンなのに、どこか友沢くんを近づけたくない、そんな矛盾。でも、だめよ、私。人に対して失礼じゃない。きっと、蛇島さんは彼に憧れているんだ。とても。

「そ、うですか。でしたら、私だけでもお会いさせて下さい」

正直、胸につっかかる何か。行くのに勇気がいるけれど、これも友沢くんっていうすごい人の隣にいる、彼女として見合うために必要なことなんだろう。

「では、次の日曜にでも」

「はい、わかりました」

また連絡しますと切られた携帯を見つめる。よかったのかな。いや、よかったんだよね、これで。立ち込めるこの気持ちは、考えちゃいけない。私は東野百合香じゃなくて、友沢くんの彼女……そんな風に見られるのがイヤだなんて。
彼と対等にいることなんて不可能なんだから。そうよ、彼と同じ目線だったら、付き合うなんてこと、できてないんだから。

「……シャワー、浴びてこよ」

そしたら、この重たい身体に巻きつくものも、流れてくれるかな。なんて。みずきとケーキを食べて、幸せを感じていた時間が、えらく、遠いむかしのように思えた。生まれたままの身体にあたる水滴すら、悪意を持っているようで。疲れなんて取れることはない。不安だらけで、どうしたらいいのかわからない。
ねえ、友沢くん。どうしてかな。こんなに好きなのに、友沢くんも私を好きだって言ってくれていたのに。すごくつらいよ、苦しいよ。どうしてかな。
きっと、顎から流れたしずくは、シャワーからのお湯なんだろう。だって、こんなに温かいんだもの。
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