青春プレイボール!

□35
3ページ/3ページ


パワフル高校は、7回に2点、8回に1点とすこしずつ勝利を手繰り寄せていく。猪狩くんも、打たれるなんてマネはしない。一年前の、あの一球から、彼は変わったんだもんね。

「猪狩くん、がんばって!」

9回マウンド、上がろうと歩きだした猪狩くんに声をかけると律儀なことに、振り返って、グラブを向けてきた。

「あの時とは、違うからね」

「うん、わかってるよ。決め球もあるしね」

「ああ、任せてくれよ」

フェンス越しに視線が交わる。強い、目だった。去年の怖さを知っている猪狩くん。油断のない、そんな目だった。彼を見送ると、横から肩をつつかれる。なに、と振り返れば、怪訝そうな顔。

「どうしたの? 久遠くん」

「決め球って、なんですか?」

「ああ。うーんとねえ……秘密」

「えぇー、知りたいです!」

「ふふ、本人から聞いてみて」

もう、ほっぺを膨らませても教えられないよ。親友のようなしぐさに、自然と手がそこに乗っていて。はっ。気づいたのは、大きく開いた目と交わった時でした。さっと、彼の頭を撫でていた手を撤収。

「ご、ごめんなさい! ついみずきにやるのと同じ気持ちで……!」

「私はされたことあるぞ」

「ひ、聖ちゃんはいいのっ」

「僕も、かまわないですよ。後輩ですもん」

「う、うん……でも男の子だから」

「百合香、男女で贔屓されるのは不愉快だぞ」

「それとこれとは別だよ!」

久遠くん、髪の毛さらさらだったな。いいなぁ。……女の子か。そんなことを考えていると、猪狩くんが振りかぶる。ストレート。アウトロー。彼の地下練習場が浮かび上がった。真っ黒なキズがあったところ。そこに、狂いなく一直線。145km/h。
よかった。努力は、きちんと報われてる。この一年、敗北を経験して、彼はさらなる高みに到達したのだろう。

「ナイスピッチ!」

声があがるのはごく自然なことで。ランナーは出したものの、危なげなく猪狩くんは抑えきった。最後のバットが回った時、小さく握られた左手。ガッツポーズだ。

「やった、小筆ちゃん!」

「うん、勝ったね……!」

それが教えてくれたこと、1-3で勝利。小筆ちゃんと抱き合って喜んでから、聖ちゃんにもきゅっと手を回した。彼女はされるがままだったけれど。

「聖ちゃーん!」

「百合香、喜びすぎじゃないか」

「だって、瞬鋭高校にだよ!」

「あまりひっつかないでくれ」

「嬉しいんだもんっ」

つれない聖ちゃんなんか知るもんか。勝った、準決勝進出だ。腕に力をこめると、背中をぽんぽんとたたかれて。……試合に勝ったことよりもちょっぴり嬉しかったのは、秘密。

「百合香ちゃんオールマイティーだね……。聖ちゃんと、か……」

「アリでやんすねぇ」

「葉羽さん、矢部さん。なんの話ですか? 僕も混ぜてください!」

「い、いや! 次の試合のことだよ、ねっ、矢部くん」

「そ、そうでやんす!」

「……?」

試合終了、そうすれば、みんなは帰ってゆく。人波が、ひとつの場所に向かって流れていく。そんな中で、逆らって。ゆっくりゆっくり、少しずつ足を進めているのが私です。これには理由があって。さっきまで、棹をさすよう流れに乗っていたのに、見覚えのある髪が目に入ったから。
ようやく、追いついた。腕を掴む。
振り返った顔は、あの、可愛らしい男の子。

「東野さん!」

「小平くん、私が言えたことじゃないかもしれないけど……おつかれさま」

試合に負けたこともある。小平くんに労りの言葉をかけるのは、イヤらしく思われるかな。けれど、彼はくりくりの瞳をきゅっと曲げた。杞憂だったみたい。

「ありがとうございます。さすが、パワフル高校は強かったですよ」

「ふふ、瞬鋭高校もね。久遠くん……ほら、あの時一緒にいた男の子とね、1年で1番を任されてるなんてすごいねって話してたんだよ。」

「わあ、嬉しいです!」

手を頬に当てて、笑みを浮かべる小平くん。年下の愛らしい仕草に、私も同じ表情になる。

「これからが楽しみだね」

「僕も、友沢さんみたいな選手になりますよ」

「うん、きっとなれるよ。……いや、超えられるよ」

元気な返事をくれた彼を呼ぶ声。振り返ると、そこには髪の長い男の人がいて。あれは、さっき見た人だ。瞬鋭高校4番、才賀くん。打線の要。その人は、私を一瞥すると不快そうに小平くんを引っ張る。失礼します、とあわてて頭を下げた彼に手を振っていると、才賀くんに連れて行かれてしまって。鋭い藍色の目が、二度と近づくなと言いたげに向けられた。
振っていた手も固まり、静かに落ちる。しばらくその後ろ姿を見ていることしかできなかった。
……怖い人だな、才賀くん。おっかなさそう。相手は私のことを何ひとつ知らないだろうけど、コミュニケーションをとる暇、というか隙すらなかったなあ。
ぼーっとしていたら、肩ではずむ誰かの手。反応が遅れつつ振り返ると、後輩の久遠くん。急いで笑顔をつくる。

「もう、探しましたよ」

「ごめんなさい、戻ろっか」

「はい」

彼の横をすり抜けて、先輩らしく背中で久遠くんを引いてみる。……その時、気づかなかった。ちゃんと、顔を見ておけばよかった。
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ