青春プレイボール!

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5回、パワフル高校の攻撃。みずきの渾身の投球に触発されるように、先頭の6,7番がヒット。そして、8番がバント。一塁線絶妙なそれで、難なく一死二三塁。
そして、次のバッターは。9番、みずき。5回3失点、スタミナがない女性投手。代打を置かれてもおかしくないというのに、監督が彼女の強さをかったのだろう。大きめのヘルメットにかぶられた女の子が、バッターボックスに立った。試合に出ている選手の誰よりも身体は小さいし、力もない。けれど、今のみずきには、内面から溢れ出す威圧感がある。それは、彼女を大きく見せた。
ターニングポイント。その緊張感のせいか、きた。伊貫くんの球。あんなに、ストライクゾーン隅に決まりまくっていた、彼の球が、浮いた。
見逃すものか。見逃すはずがない。
バットが動いた。ランナーもスタートをきった。威勢のいい音。みずきは引っぱったボールを、ライト線に滑らせた。

「や、やった! タイムリーツーベース!」

「すごい、すごいです、橘さん……!」

となりの彼女と両手を重ねた。自分の力でとられた分を取り返しちゃった。嬉しい、嬉しいよ。気分は急上。つい、黄色い声をみずきに送ることとなった。みずき、かっこいいー!ってな具合でね。
二塁ベースで私の声を聞いた彼女は、ふふん、と首裏から髪を手ですくいあげた。東野百合香、橘みずきの熱狂ファンになってしまいそうです。しかし、彼女は代走を出されるようで。ピーピー怒りながらも、ベンチに連れてかれてました。友沢くんに。

そんな気力を見せたみずきに応えるように、2番の進くんがタイムリー。この回3点を取って逆転。自分のバットで失点を帳消しにしてそれに他の選手も盛り上がって。これなら、いける。流れはパワフル高校に引き戻された。

そして、みずきは降板。代わりに上がったのは、この夏最後である3年の先輩。1点リードから、任された後半。

6回、7回とテンポよく切ってきて、8回。

「これならいけそうだね」

「そりゃそうでやんすよ、こんなところで負けるパワフル高校じゃないでやんす!」

「……それはどうだろうな」

「聖ちゃん?」

8回になってから、聖ちゃんの顔が険しい。なんで、どうして。不安げにまばたきをしていると、彼女が髪を耳にかけた。

「ここが、重要な局面になる。」

静かに言った、片方だけの赤い瞳に目が離せない。視線が交わることもなく、ようやく聞こえてしまった快活な音で試合に引き戻された。
1番、三遊間を抜いて出塁。そして、2番がバント。セオリー通りながら、いいようのないイヤな予感が蝕む。
3番、森河くん。もう後がないからか、そこかしこからガッキーコールが響いている。リードしているのはパワフル高校。けれど、試合のムードはSG高校。こんな雰囲気で、あのマウンドに立つ先輩の気持ちは想像できない。きっと、私が思っている以上のもの。
葉羽くんも、矢部くんも、口を一文字に結んでいる。

お願い、先輩。がんばって。負けないで。

そんな私をあざ笑うように、森河くんから聞こえたのは、今日一番。甲高い金属音。そこから、声援は消えて。私の目は、顔を逸らしてボールを追った。黒い髪が視界に入る。苛立ちながら、指で乱暴に払うと、そこにはポールに当たって跳ね返ったそれ。レフトを守っていた3年生が項垂れた。
それを見た瞬間、マウンドにいた彼も、膝をついた。

3番、森河学。逆転2ランホームラン。

結局、そこから立て直すことはできず、パワフル高校はさらに1点を奪われ、6-4で負けてしまった。先輩たちの夏は、ここで散ってしまうのか。考えたら、つらくて、苦しくて。頭を垂れる先輩たちの姿なんて、見ていられるはずもなかった。

暗い表情のまま、高校に帰ってきた私たちに、労りの言葉などない。

「……投げられるのは、猪狩しかいないのか」

みずきも、あおいちゃんも。この夏では、被安打が多かった。運良く、得点には結びつかないものが多かったが、それを見過ごす監督ではない。

「…………」

「みずき」

「百合香……」

立ち尽くす彼女に声をかける。緑色の目を細めていて、泣くのを我慢してる。そう、見えた。

「……私、やっぱりダメだ」

「え……」

俯いた。その表情は見えない。……けれど、言葉に含まれているのは、あきらめじゃない。それだけははっきりわかった。顔を上げて、まっすぐ前を見据えたみずき。目には、力がある。

「猪狩と同じことをしていちゃ、ダメだ」

「……うん」

私の横をすり抜けて、歩いていく。その先は、まゆを下げた進くん。みずきは、下から睨みつけるように彼に声をかけて、たったひとこと。

「受けなくていいわよ、明日から」
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