青春プレイボール!
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「東野じゃないか」
「あ、本当だ」
かけられた声に振り返る。と、そこには私服の猪狩兄弟がいて。なんてグッドタイミング。つい、いいところに来てくれた、とふたりに駆け寄る。もちろん、星井くんも。
「猪狩守くん、だね」
「やあ、星井とは去年投げ合った以来だね」
「そうだね」
「有名な僕に会えたんだから、本当にラッキーだね。キミは」
「進くん、猪狩くんは相変わらずだね」
「はは、兄さんだから……」
猪狩くんはいつも通り。星井くんも、彼の上から目線に苦笑いを送るけれどイヤな顔はしない。やっぱり、木場くんがいつも星井くんと一緒にいるのは、こういうところもあるのだろう。
少なくとも、私が見た中じゃそうだよね。
そして、才能という言葉を過信しない猪狩くん。この人に言わせるしかない。星井くんの耳元で、ひとこと。
「ねえ、猪狩くんに話してみたら? 選手として、気持ちもわかってくれると思うよ」
「……東野さん。ひょっとして、さっきの僕の言葉を気にしてる、かな。ごめんね」
「う、ううん! そういうわけじゃないから。こっちこそ、浅はかでごめんなさい」
いけない、いけない。言葉が足りなかったかな。彼から離れて、猪狩くんに向き直る背中を見つめた。猪狩くんならきっと、星井くんの気持ちをわかって、正してくれるはず。
「猪狩くん、聞きたいことがあるんだ。いいかな」
「なんだい? この僕が聞いてあげるよ」
「ありがとう。……もしも、練習量も、才能も勝てない。そんな相手がいて、その人に勝ちたいと思ったら、どうする?」
静かに、真剣な眼差しを猪狩くんに向けた星井くん。けれど、彼はそれを鼻でわらって、どこかにとばしてしまった。
「そいつが、していない練習をするに決まっているだろう」
「……どういうこと?」
「簡単な話だよ。キミのいう才能が何を指すのか知らないけれど、才能なんてほんのひとかけら。100%のうち、1%だよ。のこりは全て、努力次第さ。練習量で負けてしまうのなら、コレだけは負けない、そういう何かをとことん磨くね」
「努力次第……」
「練習量が負けている時点で、同じことをしていたら絶対に勝てない。それなら、新しいストレートを編み出すとか、僕にしかできない方法で勝つよ。……まあ、僕は天才だからそんな相手はいないだろうけどね」
猪狩くん、強がるなぁ。本当は、影でものすごく努力しているのに。考えていることが一致したのか、進くんと顔を見合わせて、口を上げた。一方、星井くんは睫毛を下げて、ぼんやりとつぶやいた。新しい、変化球。そう、言っていた。
「……猪狩くん、ありがとう」
「ふん、感謝したまえ、僕からものを教えてもらえるなんて」
「うん、本当に感謝してるよ」
どうやら、うまく行ったみたい。ふたりの会話はどこかかみ合ってないけれど、この際それはご愛嬌だろう。つじつま合わずな進くんに、星井くんと木場くんのことを話すと、彼はなるほどね、と微笑んだ。
「みずきとか、あおいちゃんとか、葉羽くん、矢部くんもこういう思いと戦っているんだよね、きっと」
「誰もが、だよ。友沢くんも、兄さんも……僕も」
お互いに、視線は猪狩くんたちに向いたまま。選手には、選手にしかわからないことがあるんだ。マネージャーじゃ力になりきれないこと。もっと、助けてあげたいし、支えてあげたい。そう思うのは、無謀なことなのかな。ほんのちょっぴり、眉が下がった。
「東野さん」
「……あっ、はい」
だめだよ、いそいで口元を緩めてみせる。私の目の前まで来た星井くんは、今日一番さわやかで、ステキな顔をしていて。
「ありがとう。僕、覇道高校の寮に入って、野球を続けるよ」
「よかった、本当に。木場くんに負けない星井くんの変化球、楽しみにしてるね」
「はは、聞こえてたのか。……それじゃあ、僕はもう行くね。ランニングしながら帰ったら、さっそく練習開始だ!」
「がんばって、応援してるから!」
私のもとから、再び走り出した星井くん。彼の明るげな足音が遠ざかっていくのを聞いていると、寂しい反面、嬉しく感じた。手にちからが入って、ビニールがもう一度、カサリ。鳴った。
その後、進くんが行きたがっていたことを思い出して、3人でケーキショップに行こうとしたけれど、道中、これまた同じくジャージ姿で自主トレをしていた友沢くんに会ってしまう。
惜しみなく眉間をしわくちゃにする猪狩くんと友沢くんだったけれど、進くんの提案で彼も一緒に行くことに。
楽しかったし、美味しかったけど、甘いものを食べている時くらい、ピリピリしないで欲しかったのが本音です。