青春プレイボール!
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「はいっ、どうぞ!」
「……百合香、さっききんつばを食べたばかりだぞ」
「ご飯は食べてないでしょ」
「順序が逆だ」
「つべこべ言わないの。百合香の料理はおいっしいんだから!」
「それはわかっているが……」
「家庭の味だよ。聖ちゃんの胃袋を掴んじゃうからね! さあ、食べて食べて!」
「そういうことは友沢先輩に言え」
「はあい聖、食べなさいねぇ?」
あれから、聖ちゃんを私とみずきで家まで引っ張ってきた。高校からパワ堂に行くまでとは立場逆転。
そして、甘いものは食べたけれど、晩ごはんは食べていないからと、肉じゃがを作ったのです。ふふ、以前セッちゃんに教えてもらったから、自信はあるよ。
聖ちゃんの発言に、みずきが口を塞ぐようにじゃがいもをつっこんだ。入ってしまったものはしかたないとでも言うように、もぐもぐ咀嚼している姿を見ていると、だんだん顔がほころぶ……こともなく、首尾一貫で無表情。
「美味いぞ」
けれど、そう言われちゃ、彼女よりほころんでしまうのは私。
「よかったあ、おくちに合って」
「本当、百合香はなんでも作れちゃうわね」
「一応、おべんきょうしてますから」
喜んでくれているふたりを横目に、私もエプロンを解いて椅子に座る。うんうん、美味しそう。明星先生は偉大です。ひとつまみ、にんじんをはさんだ。
「そういえば聖、あんた最近いやに葉羽のこと見ているわよねぇ?」
「えっ、そうなの?」
「なー! そういうわけではない! ただ近頃の成長が目覚ましいと思っているだけだぞ!」
「ああ、たしかに葉羽くんの成長はすごいよね。……でも、あわてるところとかあやしいなあ」
「百合香まで……!」
聖ちゃんのまるまるとした目が開かれるのなんて、レアだな。ちょっとイジワルな心がうずいて、彼女の今の弱点ワードをつんつんとつついてみる。いつも、さりげなくけなされることがあるから、これくらいしてもバチは当たらないよね。にんまりとみずきの顔をまねた。
「へえ、聖がねえ」
「ふうん、聖ちゃんがねえ」
「違うぞ! だいたい、百合香こそ練習中に友沢先輩と馴れ合ってるじゃないか」
「な、馴れ合ってないでしょ!」
「そーよ! 百合香は友沢から言い寄られてるだけなんだから!」
「……それも違うけどねみずき」
ダンッとテーブルをたたいた彼女をなだめる。肉じゃがこぼれちゃうよ。じゃがいもに手を伸ばして、ぱくり、食べておこう。この状況じゃ、いつお皿がひっくり返ってもおかしくない。
でも、ここじゃみずきは私の味方。なんせ、私と友沢くんが付き合っていることに不満があるらしいから。……私は、みずきから離れたりしないのにな。ま、まあ、とにかく、ここぞとばかりに聖ちゃんのことをまるはだかにしてやろうじゃないか。女子トークの開幕だ。ゴングが鳴った。
「ひょっとして、クレッセントムーンが初めて捕れた時も、葉羽くんが後ろにいたから?」
「ふふん、きっと矢部じゃだめだったのよねえ」
「なにを言っている。私の仲間はあのチームメイトたちだ。お前たちも含めて、守りたいと思うぞ」
「……そ、そうじゃなくてね聖ちゃん」
「それに、百合香の時も守れた」
「…………」
終幕だ。きれいな赤い瞳でそんなことを言われちゃ、なにも返すことはできない。さっきまで、探るように歪められた私の目は、観念して閉じてしまった。ついでにため息もひとつ。
みずきもそのようだ。この小悪魔の手から免れるなんて、やっぱり聖ちゃんは只者じゃない。
結局、口をつぐむように肉じゃがを食べ出した私とみずきによって、女子トークは終わりを迎えた。その代わりに待っていたのは、野球談義。
私も、みずきも、聖ちゃんも、これでイキイキしちゃうのだから、すっかり野球に青春を捧げている。あおいちゃんやはるかちゃんと話した時のように。
彼女たちが入れ替わりにシャワーを浴びている間にお皿を洗って、ふたりの練習着を洗濯して、来客用の布団も敷いた。我ながら、よくできた子だな。もしかしたら、知らず知らずのうちに家庭的な面が鍛えられているのかも。
ひとりでほくそ笑んでいると、髪を下ろした聖ちゃんがやってきて、私に声をかけた。
「今日は、ありがとう」
振り返ると、無表情を溶かした、温かい笑顔が目に入ったものだから、ああ、よかった。そう思わざるをえない。
「……聖ちゃんは、ひとりじゃないよ。みずきも、私もいる。明日になれば、野球部の人たちも、みーんないるでしょう」
ゆっくりと、そのむらさきいろの髪に手をのばす。まだ水分が感じられるからか、私の体温がほんのり吸い取られたような気がした。
「それに、まだまだ夜はこれからだよ」
「……百合香とみずきか。今夜はなかなか寝れなくなりそうだ」
「ふふ、一日くらい朝練に響いちゃうほど遊んでもいいんじゃない?」
「ああ、そうだな」
にっこり、彼女の顔に花が咲いた。初めて見たその表情に、手がピタリと止まったけれど、すぐにまけないくらい、思いっきり大きな花を咲かせてやった。