青春プレイボール!

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軽やかに天真爛漫なステップを踏んで球場にきたものの、私たちなど米粒にしか見えない人の数、雅ともはぐれてしまいそうななか、なんとか居場所を確保して試合開始。
しかし、その直後。たんぽぽカイザースのメンツを見た私の口は、何かが放り込まれてもおかしくないほどにポッカリと丸を描くこととなった。

どうしたの、ととなりの彼女が首を伸ばすけれど、そこに焦点を絞ることはできなかった。私のすべては、今やたったひとりの男の人のものだから。彼は、確かにカイザースの選手と同じキャップ、ユニフォームを着用し、彼らと同じ舞台で大きな手を重ね合っている。

その人とは、友沢くんの先輩である蛇島桐人さん。プロ入り、していたんだと当たり前のようで普通とは形容しがたい事実に、私の頭が容量不足を起こす。すごい、いや、すごいなんてもんじゃない。もっともっと、上手な言葉がほしい。
代わりと言っちゃなんだけれど、胸の前で握られた両手が真っ赤になる。このリンゴふたつ分の感動が蛇島さんに通じるだろうか。

ようやく耳に入った雅の言葉に、興奮を脚色せずに伝えると、彼女もトレードマークのしっぽをピンと逆立てた。そして「パワフル高校みたいな強豪にいると、有名人になれちゃうんだね!」と目いっぱいに期待を映すけれど、それとこれとは違う気がするなあ。私は有名人ではありません。

ようやく解かれた両手の熱を、蛇島さんに贈ろうと口を形どったメガホンを作り、彼に向ける。こんな大声援の中じゃ、届いていないかもしれないけれど、お腹の奥にげんこつを叩き込みながら必死に声を配達した。

結局、こんなサプライズがあったんじゃ仕方のないことだと思うけれど、私は試合の中で蛇島さんしか目に入らなかった。話したことはあっても、地区が違うからプレーを見たことは初めて。

蛇島さんはまるで最初から打球とグラブを糸でつなげているかのようだった。身体に力こぶをたくさんつけた選手の当たりも、あわよくばすくい上げてしまおうとコンパクトに構える選手の当たりも、全部一拍の後には蛇島さんの手の中だ。
魔法にでもかかったみたい、私も目の奥が彼につながっているような気さえした。それほどまでに、奇妙な魅力があったの。

「すごいね、百合香の知り合いのセカンド……」

「うん……あんなにすごい人だなんて知らなかった」

ああ、またセカンドゴロだ。危うくライト前ヒットになりそうな。きっと、蛇島さんじゃなきゃ取れなかっただろう。雅がトリハダを抑えるように自身包む。かくいう私も、頬を手で覆っていて。自然とこんな間抜けにされてしまうほど、魅せられてるんだ。

試合はカイザースが惜敗。けれど、蛇島さんは4打数2安打の活躍。バッティングも言わずもがなだが、一番は守備である。猪狩くんの「ああ、なぜそんなに球を浮かせるんだ。僕が手本を見せてやりたいよ」なんてヤキモキが聞こえてきそうな先発だったにも関わらず、炎上はしていない。その縁の下には蛇島さんがいるというわけだ。

「百合香、守備が完璧な人ってカッコイイね!」

「う、うん、すごかったね……!」

「僕、守備が上手な選手になりたい!」

雅までもが沸き立つ昂りを抑えきれていない。こんなことを言って、ショートが本職のはずだが、野球少年が憧れの選手の真似をするように、右腕を軽く振ってみせた。おそらく、二塁ベースに立つ空想のショートへのものだろう。4-6-3のゲッツー。私は、肘を曲げて走者の死を宣告した。

そんな茶番を繰り返しながら、球場を後にする。さっきまで収容されていた米粒は自我を持って思い思いに道を作っていて。今度はアリにでも進化したか。そのうちの二匹は働きものではなく、ぺちゃくちゃと止まらない口を止める努力もせずに帰路を辿っている。

コンクリートなんて高級なものを持ち合わせていない、木々や土の道。自然たちのお宅にお邪魔しながらも、彼女との会話の中枢はやっぱりさっきの試合だ。帰ったら、蛇島さんに連絡してみようかな、なんてまだまだ熱湯が注がれたままの頭で考えていた。
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