青春プレイボール!

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電車を降りたとたん、久しく忘れていた熱気が私を出迎えた。都会はあっついな。ヒートアイランド現象だっけ、なんだっけ。実家に帰っていて忘れてたけれど、建物ばかりのこの地域は夏が汗との真剣勝負だ。

さて、来てしまったぞと。今ごろ、お母さんに私が泊まっていると話しているだろう雅。彼女の協力にも感謝しながら、パワフル高校の面々も来ている神宮球場の地を踏みしめた。

早朝から家を出たわりには身軽な格好。必要のないものは全て置いて私自身たったひとりでここまで来たのだ。それにしても、すごい人の数。やっぱり今日のカードはそれだけ注目されるんだろうな。行き交う人々に肩がぶつかりそうになるけれど、なんとか波に乗って進む。小さな歩幅のまま、何度つんのめりそうになったことか。

なんとか球場までたどりつくと、何ヶ月ぶりかに見る制服の面々がスタンドで山を成している。できればあの中に、いいえ、一塁側のベンチを見つめる。あそこにいたかった。気を抜くとすぐに顔を出す切なさに慌ててフタをする。気持ちで押されちゃいけないね。

太陽がみんな等しく焼き上げようとする球場。私はその日差しに燃やされる前に、グラウンドまでは遠いはずだけど明らかに覇気のないみずきが目に焼き付いた。彼女の動きに合わせて跳ねる髪も今はぐったりと下を向いている。その姿に自然と手が耳に伸びて、カチャリと奏でたのは無機質な金属音。

灼熱に同調して盛り上がる会場、みずきだけはその炎に飲み込まれそうになってもがいていた。

「……おや、キミはどこかで」

その時、三日月以外の誰かが私の耳を揺らす。見てみれば、ヒゲをたくましく育てたお兄さんともおじさんとも言い難いどこかミステリアスな人がいて。謎めいた雰囲気に惹かれもすれば身構えもした。

深くかぶった青い帽子に埋まってしまいそうなするどい目、それはこの球場に期待を寄せているものとはどこか違う。品定めをするような、そう、なんだか見透かされている気持ちになるような眼差しだ。どちらかの応援団というわけではなさそう。

それにしても、この人は私をどこかで、と言った。出会ったことなんてあったかな、あるといえばあるような気がするし、ないといえばないような気もする。困惑した顔を隠しきれずに目を白黒させていると、彼はゴソゴソと胸元をあさった。

「気のせいならすまない。怪しい者ではないんだ。こういう仕事柄、許してやってくれ」

茶色がかった手から差し出されたのは真っ白な長方形の紙、名刺だ。そこにはプロ球団の名前とスカウトという言葉。

それを見た瞬間、私の頭のすみのすみ、記憶の奥底の箱が開いた。ああ、そういえば。じっと彼の目を見ると確信が後をついてくる。

「ひょっとして……パワフル高校にいらしたことあります?」

「やはりパワフル高校か。そこでキミを見たような気がしたのだよ」

細い目をさらに糸にして微笑むスカウト、影山さん。角ばった表情が和らいでようやく私も笑顔を手に入れた。

「マネージャーだったかな」

「すごい! さすがスカウトさんですね」

「しかし、なぜキミはここにいるのだ。パワフル高校はこれから試合じゃないか」

しかし、この視野の広さと記憶力、そして洞察力だ。私は楽観的に合わせた両手を離した。

「私、転校したんです」

「なに、転校……?」

「はい。今年の三月に」

「三月……橘くんが調子を崩し始めたころだな。それに以前、橘くんはキミにべったりだった……」

彼は私を探るように言葉を選ぶ。きっと、この人が言いたいことは私が転校したからみずきが不調なのだということ。以前の私ならそうだと考える余地もなく頷いたでしょうね。でも、今はどうだろう。もう一度、ベンチへと顔を向けると、やはり真夏に跨りきれてない女の子がひとり。

私を恨んでるかもしれない。もう顔も見たくないのかもしれない。でも、そんなこと知ったものか。私がここに来たいから、来た。

ここに来た理由なんだ、彼女が。

「みずきが調子を崩した理由は私とは限りません。でも、彼女の調子を戻せるのは……きっと私だけです」

彼女を眺めたまま、ひとりごとのようで自分に暗示するように口から文字が滑り出した。影山スカウトの表情はわからないけれど「ふむ、橘くんは今のままでは使い物にならんがね」と声を弾ませる。

遠回しなストレートを投げてくる人だと思った。彼女のプロへの道は開けているんだ。日差しが私の視線を邪魔して目を細める。じっと、まるで肉食動物のようにみずきの曇った顔を睨みつけてやった。
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