青春プレイボール!

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大事なこの試合、先発はなんと久遠くんだ。彼はマウンドに上がる前、くるりとショートの方を振り返った。あの人がいれば百万馬力ね。

立ち上がりはいいみたいだ。最初の金原くんも彼の決め球、スライダーには手も足も出ない。友沢くんがいつも以上にバックから声を張っていて、その度に球威が増しているよう。

しかし、それは相手も同じ。あっちの先発である木場くんのストレートもものすごいノビだ。重りが何個もぶら下がっていそうなあれを外野に運ぶことは、そう簡単なものじゃないはず。
矢部くんの当たりも伸びずに内野ゴロ。ベンチに戻ろうとする彼が首を傾げているし、見ている以上に重い球なのでしょう。

縦横無尽に揺れるボールと真っ直ぐに火を吹くボールのせめぎ合い。そんな全くタイプの違う投手たちの晴れ舞台に水鉄砲がさされたのは三回のことだった。

久遠くんの変化球のキレを活かした配球、バッテリーを組んでいた進くんの頭脳的なストライクゾーン。そのデータを盗み出した水鳥くんは、待っていましたとばかりに外角低めに落ちてきたカーブを引きつけた。

鋭く研がれたスイングが弾いた球は、木場くんに重さを全て持っていかれたかと思うほど軽々しく打球となる。それが一直線、弾丸のように矢部くんと葉羽くんの間に撃ち込まれた。

ああ、ツーベースヒット。でも点は取られていないし、まだまだ序盤のこと。ドンマイドンマイと葉羽くんや進くんが声を飛ばす。目の前で起きているこの状況が未だテレビを介したもののような遠さ、そこに私も甘えたのだ。

「久遠! 集中しろ!」

しかし、先輩からの厳しい怒鳴り声は私の身体にもムチを打つ。友沢くんだ、彼はただひとり久遠くんを叱咤した。
どうしたというのだろう。そう思ったのは私だけじゃないようで、葉羽くんと矢部くんが外野から駆け寄ってきて、遊撃手の彼をなだめる。それでも珍しく怒りを荒らげた火は収まらない。

「決勝だぞ、わかっているのか!」

「友沢さん……」

「そこに立てていないヤツの気持ちを考えろ!」

友沢くんの形相に、神宮球場全体がざわつきはじめる。そんな中、私だけは口を閉ざしてその光景を眺めていた。彼が言うのは、言わずもがな猪狩くんたちのこと。葉羽くんと矢部くんは、友沢くんの身体からすでに手が離れている。

彼はあんなに仲間想いだったっけ。観客がさざめいているはずなのに、彼の声が私の耳を心地よく貫いた。

友沢くんは、久遠くんに近づくと耳元でなにかを囁く。さすがにそこまでは聞こえないけれど、久遠くんの顔つきが変わったことだけはいやでもわかった。

だって、再開した試合、久遠くんは水鳥くんの後をきっちりと三人で抑えたのだから。
マウンド上で男らしく吼えてみせた久遠くんは、私の知っている彼じゃない。そこには打者を喰らおうとする立派な獣がいたの。


そして、五回のこと。その獣はついに標的に手を伸ばした。ワンアウトから打順は久遠くん。隣に座る野球が好きそうなおじさんたちは「ピッチャーか……一番の矢部に期待だな」と、いいえ、スタンド以外は諦めムードが広がっていたけれど、胸の前で両手を重ねた私。そんな願いが通じたかのように、久遠くんは木場くんの鉛の球を外野に運んだのだ。

手のひらを返して沸く観衆。久遠くんは矢部くんに出番を手渡すと、一塁ベースから木場くんを蛇にらみ。しかし、そんな眼光に負けじと炎に包まれたボールが矢部くんを襲う。

中途半端にバットを振らされた矢部くんの打球は、彼を離れてサードの方へ。まずい、ゲッツーコースだ。結んだ手に力がこもる。

しかし、先発でありランナーの彼はそこにいたのだ。エンドラン、気づいた時にはセカンドベースへ足を伸ばしていて。させるかと言わんばかりに、サードの選手が捕球体制からサッと体を変える。矢が二塁へ伸びる、伸びる。久遠くんの方が近づいていたはずの距離がどんどん縮められて、縮められて。セカンドの選手に突き刺さった時だった。

球場がしんとした。私も、久遠くんも、覇道の選手もだれもかもが二塁審を見つめる。彼は少し止まった後に腕を振り抜いた。セーフだ、なおも休む間もなくボールはファーストに送られる。矢部くんが顔から泥に真っ逆さまだ。神様は見ていたのか、大きな電光掲示板にフィルダースチョイスが点灯したの。

その途端、パワフル高校側のスタンドから狂喜の歓声。私は内野側だからその一致団結した嬉々を眺めるばかりだけれど、くすぶる感情が隠しきれない。唇がぴんと上がった。

そして、二番進くんの丁寧なバントの後に迎えたのは三番の友沢くん。蛇島さんの話していたことが頭を掠めたものの、今は純粋にこの時を感じていたいと思った。私の色メガネじゃ、バッターボックスに立つあの人が素敵で、かっこよくて。彼に恋をする女の子のひとりとして胸が鳴った。このお天道様ですら鳴らせなかった甘い心音を。

頑張って、友沢くん。燃える球児の直球勝負、木場くんも彼の威圧感に平気でいられはしないみたい。ボール球が先行してノーツー、バッティングカウント。
そして、彼の大切な後輩も視線の先には水鳥くんが守るホーム。臨戦態勢だ。さあ、ここで先制点を。

木場くんがいよいよ追い込まれた。際どいコースを髪一つ動かさずに見送った友沢くんは、彼の手からボールが離れた瞬間に外れたとでもわかったかのよう。集中しているんだと、こんな客席にまで流れてくる。

そして、水鳥くんが諦めたように立ち上がる。四番勝負、随分とナメられているみたいだ。友沢くんは不服そうにバットを置くと、ゆっくりと一塁へ走っていく。その時に、ネクストバッターサークルから腰を上げた彼とアイコンタクトを取ったことなんて、きっと元マネージャーの私にしかわからなかった。
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