青春プレイボール!

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「うん? 東野さんじゃないか」

そんな、想い人を探していた時のことでした。

長い髪を揺らして、一見女の人のような男の人が声をかけてきたのです。雅と対照的なその人は、神様のイタズラかなにか、友沢くんのライバルである神高くん。ドキリと胸が叩いたけれど、目的の人じゃないことに失礼なハートは平静を取り戻した。

「神高くん、こんにちは」

「百合香の知り合い?」

「そうだよ」

雅の眉が思い出したかのようにキリリと整う。どうやら、私以外の前で女の子の顔をする気はないらしい。そんな一面を私にしかわからないように見え隠れさせる彼女はちょっぴり笑えた。

「僕、百合香の友達の小山雅です」

「ふうん」

彼女はさわやかに顔を緩めて見せたはずだけど、ここでも対照的なふたり。神高くんはなぜかしかめっ面、子供のような顔がこれまた笑えた。口元をギュッと閉じて微笑に変えてやると、神高くんはそんな私に気づくはずもなく雅に眉をひそめる。

「……君、東野さんのなんだい?」

「え? 友達だけど……」

「友達、なんだそれは」

「……うん?」

しかし、そんな男の顔も数秒で剥がれ落ち、キョトンと首を傾げました。ええ、ええ。無理もありません。正直に言って、私も意味がわからないもの。友達、その意味を彼は知らないとでもいうのでしょうか。そんなばかな。さっきまでお腹の底から笑い虫さんが湧いてたとは思い難い私は、もはや目が点同然です。笑顔がカチリと固まった私と雅のことなどお構いなしで神高くんは自分本位を貫いた。

「いいかい、東野さんには友沢くんがいるんだ。彼女は友沢くんが僕の仲間になるのに、とても大きな存在なんだよ」

「う、うん。百合香と友沢くんのことなら、僕も知っているよ」

「それなら話は早い」

そして、なぜか彼は雅を名探偵よろしく指でビシリとつき向ける。神高くんがこうするの、なんだかよく見る気がするなあ。違和感すら覚えそうなくらいにしっくりくる仕草を、私と雅は小学生でも見るような目で見ていた。神高くんはもはや謎を解く推理の最終章、犯人を導くシーンの主人公となっている。

「小山くん、東野さんのことは諦めるんだね!」

ぽかあんなんて、間抜けな音が場を包んだ。だって……ねえ?私のことを諦めろ、だよ。随分と話が遠く見えないところまで飛んでいってしまっている。これじゃあ、追いつけない。雅も私と同じリアクションしかできてないであろうと幼なじみの勘が囁いて、彼女を見やれば予想通り。金色の瞳を一度ぱちり、飽き足らずもう一度ぱちり。

「……神高くん、私と雅はただのお友達だよ」

「東野さん! 男と女の友情なんて認められるかい!?」

彼はクワッと私に牙を向けた。わあ、すごく真剣な顔だ。ただ、目をぱちくりさせる雅に代わり、幼なじみの云々が囁くおそらく彼女が思っていることを代弁しただけなのに。
髪が少し揺れてしまうほどに圧倒された私に、今度は誰かの背中が私にかぶさる。同じく揺れたポニーテール。その色に、ほんのりと頬が染まった。なんだか、懐かしいことを引きだされたような気がしたから。

「でもそれじゃあ、君と百合香はなんなの?」

「フッ、決まっているだろう。友沢くんを通した仲さ!」

「それってつまり、友達ってことだよね」

「いいや、僕と東野さんは仲間だ。もちろん友沢くんもね」

「……うん?」

そんな色褪せない思い出に頬を染められ、恋する乙女らしく顔を背けた私は放ったらかしで、雅と神高くんで話が進んでいく。彼の本性、いいえ、もともと隠していたわけでもないだろうけど、見た目にそぐわずお子様な彼を見る彼女の目は冷ややかに細められている。しかし、私の知る神高くんはそんなことでどうこうしない、テコみたいな人。冷には冷で、冷ややかに雅と視線を交わせた。

「はあ、君はものわかりが悪いなあ」

「む」

「僕はね、友沢くん公認で東野さんの仲間なのさ。君とは違うんだよ」

「仲間? 友達じゃなくて? ……ううん。なんだか僕、頭がこんがらがってきた」

「友達でもあるよ。なんといっても僕は、友沢くんのライバルだからね」

そして、一瞬でも同じ土俵に立とうとした雅は、頭を抱えながらそこを降りてきました。ようやく火照りが抜けてきた苦笑を浮かべて彼女を迎える。
無理もないよね。神高くんは我が道一方通行なひと。対等に張り合おうとしても、それは神高くんのフィールドに入らなきゃいけないんだもん。勝負は目に見えてる。

ちょっぴり悔しそうな彼女が、悪あがきとばかりに口を開いた。

「じゃあなにさ、友沢くんから許可が降りなきゃ百合香とは友達になれないっていうの?」

そんなことはあるはずない。ましてや、雅は友沢くんと出会う前からの仲だし、神高くんは知らずともそもそも女の子。きっと友沢くんでも渋る彼なりのルールだから、理屈屁理屈で返ってくるのでしょう。そう思って、まともにやり合う気もなく神高くんに目を移した。

「知らないんだね。……友沢くんが東野さんをいかに大切に思っているか」

しかし、私のへなへなした構えに飛んできたのは威勢のいい鼓動でした。私を中から動かしてしまうほどの大きな心音が鳴って、とっさに胸を手で押さえつけるに至ったほど。

「彼はメディアじゃクールだとか言われてるけど、そんな男じゃない。野球や大切なものにはとても熱い男さ。……そのうちのひとりが、東野さんなんだ」

「ふふ、百合香は友沢くんにとって、大切なひと、なんだよね」

「当たり前じゃあないか」

間髪入れずに、手がドクンと震えた。友沢くんのことを話す神高くんは、嘘偽りなく真正直な真面目顔。それは、彼のライバルに押された背中を蹴り飛ばす勢いだった。友沢くんのライバルはやっぱり、気づいたと同時に、私はたった今、今すぐにでも彼に会いたくなってたまらなくなっていた気持ちに水をかけられたかのよう、はやる、焦る、落ち着かない、そんな私に冷静になれと言われているみたいだった。猪狩くんに熱された気持ちは、神高くんによって体温をもった。

友沢くんならきっと大丈夫。私が好きになった人は、そういう人。

「……神高くん、やっぱりあなたは私の友達、だね」

「ほうら、聞いたかい?」

そっと雅の背中から彼の前に姿を示すと、相変わらずピノキオに負けない鼻高さん。でも、私の幼なじみのほっぺたを膨らませた代償は大きいんだから。

「まあ、雅は私の幼なじみだから、神高くんや友沢くんよりずうっと古い付き合いだけどね」

ふふ、やったね。してやったり。これには雅の鼻もほんのり高さを取り戻したかな。

神高くんはいつもいつも、何を考えているのかわからない。でも、気づいたら何かを与えてくれる不思議な人だ。こうして、雅と私の関係を聞いて素直に驚いている辺り、本人はなーんの意図もないのだろうけど。

「……へ、へえ。君は友沢くんより東野さんと長い付き合いだったんだね」

「そうだよ。僕は小さいころから百合香の友達だったんだ」

「それならそうと早く言えばいいんだ」

「う、うん」

根幹から折られた木の鼻をもろともしない神高くん、ありがとう。添え物のように言葉にすると、彼はまた鋼の自尊心を剥き出しにするものだから、それを雅と顔を見合わせて笑い合った。
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