青春プレイボール!

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 もうすぐ夏の大会の予選が始まる。この時期はどの野球部も練習に気合が入るよね。それはこのパワフル高校も同じ。厳しい朝の練習を乗り越えた後は学生の本業に徹するみずき、猪狩くん、友沢くん、私。その中でみずきは机によだれでも垂らしそうなくらいに爆睡。それでも、私の目に可愛らしく映るのは贔屓目でしょうか。一方、友沢くんはうつらうつら船を漕いでいた。言うまでもありませんが、私と猪狩くんはキチンと授業を聞いています。平常運転です。……態度は変わらずしも、成績の差はありますが。
「橘さん、この問題を解いて」
「ん……ふわあ」
 もちろん爆睡するみずきはいくら野球部といえど、先生の目には面白くないのだろう。容赦なく当ててくる。大丈夫かな。近頃は、立派な執事に昇格した気がする目で彼女の方を見れば、対照的、寝起きの顔でアクビも止めずに黒板のもとへ向かった。一通りさらさらさらと答えを書いて、先生の返答も聞かずに机に戻るみずき。あ、寝た。
「……正解です」
 悔しそうだな、先生。そう、みずきは頭がいいのです。ちゃっかりしてるうえに、頭の回転が速いというか。羨む私の視線など知らずに夢の世界へ旅立っているみずきを見送った。

 そして、もうすぐ夏大の予選が始まる。この時期はどの野球部も練習に気合が入るよね。それはこのパワフル高校も同じ云々。……なんだけど。
「うわー! もうそんな時期かよ!」
「ハッチ、落ち着いて! 一緒にがんばろ、ね?」
「おう、百合香と一緒ならできるような気がしてきたぜ!」
「私も助けられるわよ」
「セッちゃんは、頭いいもんね」
「あれ? 期末試験って、来月じゃなかったっけ?」
「来月だったら、夏休み始まってるよリョウちん……」
 ええ、そうです。野球部最大のイベント、全国高等学校野球選手権大会の地区予選と、野球部最大の敵、期末試験がかぶっているのです。ちょっとだけ、世間で頭がいいと言われているパワフル高校は、テストに入れる力もちょっとだけ……いいえ、だいぶ高い。ここパワフル高校ではみんなが必死に勉強するから、期末試験中は生徒が憂いを帯びる期間というより、先生と生徒の真剣勝負。先生も先生で難しい問題を考えてくるというウワサ。三年生になると、それがさらにヒートアップするから一年生の間にしっかり勉強して慣れておけって、野球部の三年生が言ってたっけ。
「百合香ちゃんは自信ある? どうなの?」
「私は小テストでいつも平均点くらいだから、真ん中あたりがとれれば……」
「十分だよ! やっぱりコツコツやってるんだねー!」
「で、でも……あの、野球部って時期が時期だから、毎年赤点だらけで、追試まで部が機能してないって、先輩が言ってたよ……?」
「そ、それは本当!? チカちゃん!」
「う、うん! だから、百合香ちゃんが助けられるんじゃない、かなって……」
「なんだよ百合香! アタシだけじゃないのか?」
「ごめんね。夏の大会があるから、追試まで野球できなくなったら、みんな困っちゃうし……」
「じゃあ、百合香ちゃんがいない時は私が勉強を見てあげるわ」
「さすがセッちゃん、優等生!」
 私は牛歩とはいえいつも勉強してるから、大丈夫……だとは思うし、セッちゃんはあの成績トップの猪狩くんの下でみずきと並ぶくらいの優等生。チカちゃんも私よりは頭いいし、リョウちんも勉強すればできる。ハッチは……なんとかしなきゃだけど。
 それに野球部。葉羽くんはたまに寝ているって言っていたけど、でも、矢部くんの方が本当にまずいって言っていた。あと、あおいちゃんはどうなのだろう。クラスが分かれているからなあ。友沢くんも授業中、寝ることが多いけど、あまり成績が良くないって聞いたことはない。進くんは猪狩くんに少し劣るか並ぶかくらいの優秀な人だから大丈夫。うん、思ったより大丈夫そう。一年生は大丈夫かな。……一年生は。

 そうして、当たらないでくださいと願った予感を腰巾着に部活へ来た私とみずきですが、本当に面白いほど当たってしまった。大会前だというのに、レギュラー確定の先輩組以外はまばら。まるで選抜の特別練習みたいな光景が広がっている。皆様、今ごろ各自まちまちのたまったツケと戦っているのでしょう。
 アピールするなら今がチャンス! と自慢のコントロールと変化球を見せつけに走っていったみずきを見送り、私も自分の持ち場へつく。でも、隣の女の子の空気は決して晴れ晴れとしていない。それどころか雨模様。おそるおそる声をかけてみても、彼女は変わらなかった。なにか、悲しいことでもあったのかもしれない。
「大丈夫? なんか具合悪そうだね」
「い、いえ、そんなことは……」
 嘘です、と言っているような顔色で言われたものだからキョロキョロと周りを見渡す。ああ、なるほど。なんとなく原因がわかってきた。
「今日は葉羽くん、いないんだね」
 ビクリと大正解を示した小筆ちゃんの肩。うん、だからか。小筆ちゃんの元気がないと、私も寂しい。彼と同じクラスである隣人いわく、葉羽くんと矢部くんはテスト勉強をするらしい。私以上に落ち込んだ顔をした彼女に何かできるかな。腕を組んで、思考を凝らしてみる。私にできること、私にできること……そうだ、あるじゃないか。
「今日は私が全部やることやるから、小筆ちゃんはふたりに勉強を教えておいでよ!」
 うん、我ながらナイスアイディア。ひとりで頷きつつ小筆ちゃんに切り出すと、彼女は困ったように眉を寄せて薄く笑った。
「で、でも、百合香ちゃんに全部まかせるなんて……」
「大丈夫、たまには葉羽くんと近い距離でがんばってきなよ」
 いつもいつも、マネージャーと選手の関係で、話す時間もとっても短いふたり。見ててヤキモキしていたし、小筆ちゃんを助けてあげたい。
「……いいの?」
 ああ、やっと本音が聞けた。やっぱり葉羽くんのところに行きたいんじゃないか。恋する乙女を応援しない手はない。親指を突き出し笑ってやると、じゃあ……と申し訳なさそうにベンチを立つ。手を振って見送ると、私も今一度拳を作って意気込んだ。小筆ちゃんがいないんだから、私が頑張らなくちゃ。
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