青春プレイボール!

□05
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「百合香が一番に応援してくれてたのに……」
「……まあまあ」
「くそう……」
「一年だし、しかたないよって言いたいけど……ねえ」
 夏の予選がやって参りました。ついに始まる祭典に、どの高校も熱い熱い闘志を燃やしています。さて、ここパワフル高校も大会に向けて本格始動。発表されたレギュラーの中にみずきは惜しくも入ってなくて、選ばれた一年は猪狩くん、進くん、友沢くんだけ。このままじゃみずきはエースを勝ち取れないと目くじらを立て、恨めしそうに猪狩兄弟がいるマウンドを眺めるのでした。
「むう……一年レギュラー、成績優秀、ファンクラブ、百合香をたぶらかした男……むかつくわね」
「そ、それはもういいから!」
「ああー! なんとかして猪狩を出し抜けないかな!」
「ううん……」
 無理難題だ。なんてったって相手は猪狩守くん。超高校級左腕。以前、練習中にプロ野球のスカウトさんが「猪狩守くんはいるかね?」と私に話しかけて来たから間違いないだろう。……このことは、みずきに言わないでおこう。
「みずきだって、すごいのになあ」
「そうよ! 私のシンカーはキレッキレなんだから!」
「コントロールもいいでしょ?」
 そうなの! と持っていたタオルを振りかぶった。私がそれにストライク、バッターアウトと手をあげれば内輪上げ状態だけれど、やる気を出してくれたみずき。あ、投げている猪狩くんが、哀れそうにこっちを見ている。
「あんなやつに負けないんだから!」
「うん、その意気だよ!」
 あ、友沢くんもため息混じりに見ている。

 これが、レギュラー外れの日常。しかたがないといえば、確かにしかたがない。「やあ橘、球拾いご苦労だねえ。エースである僕がいたわりの言葉をかけてあげよう」「レギュラー? そんなものに俺はこだわらない。自分の限界を超え続けて上を目指すまでだ」レギュラー陣からコケにされたり、天然さんに腹が立つことを言われながらも、試合まで全力でみずきが生きてきたこと、私は知っているよ。
 ですがみなさん、レギュラーの入れ替えなんてこの短期間に行われるでしょうか。そんなことないよね。うん。
「みずき、応援頑張ろうね」
「なんでよお!」
 日焼け止めオッケー。熱中症対策オッケー。あとはパワフル市民球場の一塁側スタンドで、みんなを全力で応援するだけ。運良く一番前。ベストポジションだし、いい感じ。……持っているメガホンを今にも地面に叩きつけんばかりの女の子がいるけど。
 みんな、がんばれ。ひっそり願いを込めてグラウンドを見つめれば、先輩たちの中でもひときわ目立つスポーツサングラスを見つけた。まるで知らない人みたいで、メガホンを握りしめてみる。のちのち知ったことだけど、一年レギュラーの三人はスカウトの注目度も高いみたい。三年になってからが楽しみだって。やっぱり、あの人たちは頭いくらか抜け出た怪物級だ。
 猪狩くんを見る。彼はあの時、と私は当時の頭を思い起こした。身体の震えを思い起こした。やっぱり、私は彼にとってチームメイトという存在ではないのかもしれない。……けれど、おふざけにしては、と思う。裏切られた、その一心で私はあれから、猪狩くんとは言葉を交わしていない。そのせいか、私も随分図々しくなったものだ。
「百合香」
「あおいちゃん……」
「どうしたの、元気なさそうだね?」
「百合香ちゃん、た、体調悪いの……?」
「そ、そんなことないよ! もうすごく元気! 今日はたくさん応援するんだから!」
 慌ててメガホンを持った手を突き上げて見せれば、あおいちゃんも小筆ちゃんも安心したように笑った。よかった。いらない心配かけちゃ、ダメよね。
「猪狩のやつ、ずるい! 私もマウンドに立ちたいー!」
「こらこら、駄々こねないの」
「でーもー!」
 諦めきれないみずきをなだめつつ、もう一度グラウンドに願いをこめる。がんばれ、みんな。その願いが通じたかのように、ある人がグラウンドからこっちを見た。猪狩くんが。それに気づいたのは小筆ちゃん。
「あ、猪狩くんが、こっち、見てます……」
「なんですってえ!?」
「……ボクとみずきを笑いにでも来たのかな」
 みずきが目をつり上げてフェンスに掴みかかり、あおいちゃんはニッコリと可愛らしい笑顔を作った。おかしいな、笑ってるはずなのに身震いがする。
「そんな考えすぎな……」
「そ、そうですよっ」
 ふたりを小筆ちゃんとなだめてると、猪狩くんがこちらへ寄ってきた。あおいちゃんとは対照的なきらきらとした笑顔を携えて。
「やあ、暑いのに応援ありがとう」
「あんた性格悪っ!」
「はっはっは、橘の声援にも応えられるよう、頑張るよ」
「だあれがあんたなんて応援するかっての!」
 みずきがくってかかっても猪狩くんは悪びれる様子もない。野球に対してもそうだけれど、彼は女の子にも肝が据わっているようだった。私は……彼と目を合わせられなかったけれど。
 やがて主審の手と共に幕が上がった試合が始まった。その試合にここにいる全ての人が釘付けになる。しかし、そのゲームは好カードかと言われればそういうわけでもなく、パワフル高校にしてみれば前哨戦と呼べる方が正しいのかもしれない。だからか、猪狩くんは一回に三振を三ついただいたと思えば、今度は、先輩方を筆頭に金属音の嵐。威勢のいい音の中に時々混ざる、外野スタンドへ視線を独り占めする音、こんなものを聞いてしまえば、スコアボードは両極端なものが出来上がるわけです。
 大きく書かれた16と0。そして今、猪狩くんが七回表を三者凡退で抑えたところだった。周りから歓声があがる。コールド勝ちだ、パワフル高校にとっては当然の結果と言わんばかりの攻めっぷりで手にした勝利。私は、初めて強豪校としての強さを目の当たりにしたのだ。
 同じく、勝利の美酒は初めて味わうだろう小筆ちゃんも普段より興奮気味に喜んでいて、どちらからともなく手のひらを重ね合わせた。声色高いハイタッチではなかったけれど、私と小筆ちゃんらしい。みずきは私でも勝てたとマウンドへの慕情を叫んでいるけれど、やっぱり猪狩くんは別格だ。ああ、それでももちろん、みずきが一番だって考えてるよ。
「1回戦は余裕だったね!」
「オイラも早くあの舞台に立ちたいでやんすよ!」
 葉羽くんと矢部くんも、踊り出しそうに立ち上がった。レギュラーじゃないのに彼らは自分のこと、それ以上に大手を挙げているものだから、私はまったく心が解きほぐされてしまった。
 その時、ベンチに戻ってきた友沢くんとフェンス越しに目が合う。ドキリと揺れる心音。ただ、猪狩くんとのことを思い出して、冷や汗も一緒だった。それでも、憧れだもん。彼の前では背伸びをしていたいと願った。
「おつかれさま、友沢くん」
 すごく小さな声だったのに、彼は笑みを小さく浮かべた。一年生なのに六番スタメンで、四打数三安打。打点はないものの、十分な活躍だ。打席に立った友沢くんは、練習の時より何倍も大きく見えて、遠くも見えた。私がそう思うのはおこがましいかもしれないけれど、やっぱり憧れの人、なんだ。

 高校に帰れば、レギュラー陣は次の試合に向けたミーティングをしなければならない。「私だっていづれなってやるんだから!」と悪役顔負けに捨て台詞を残していったみずきや、あおいちゃんたちは練習に戻る。本当は私も練習の方に行きたかったけれど、ミーティングには学年ごとのマネージャーもひとりいなければならない。葉羽くんがレギュラーだったらなあ。しかし、恋する女の子を応援するのが最優先。お仕事を優先できないマネージャーですが、いいのです。彼女の恋路のため、私は小筆ちゃんが何かを言いだす前にミーティングに出ると言ったのだ。
 ミーティングルーム、少数で話す割には大きい部屋に入ると、そこにはまだ一つの席しか埋まっていなかった。それは私がずっとこんな瞬間が訪れることを願っていた人だ。今日の先発、猪狩くん、彼は疲れなど見せない後ろ姿で静かに留まっていた。驚かせてしまおうと友達に近づく子供のようで、全く子供らしくない表情のまま私は彼に近づいた。
「お隣り、いい?」
 普段はおとなしく寝かせられた眉が起き上がって、苛立ちを示していてるのは私の方。一方の猪狩くんは、なんとも解読できない複雑な顔をしながら頷いた。彼のそんな表情は過去、類を見ないからだった。静かに腰をおろして、下を向きがちな彼の目を見つめる。彼も気づいているのだろう、私の猪狩くんに対する変化を。あの日から、徹底的に彼を避け続けたから。こうして、ふたりきりになれるチャンスを狙っていた。
「ねえ」
「なんだ」
「あの時、どうしてあんなことをしたの?」
「遊びだと」
「いい加減にして」
 低い声が出た。ずっと悩んで、考えてきたんだから、そんな言葉で許すはずがない。なぜこんなことをほじくり返すのか、それは私自身はっきりとしていないけれど、猪狩くんは私が思うような人じゃないと信じたかった。期待をこそ裏切ってほしいと思っていた。だから、か、どうかは定かでなくとも、彼の言葉には続きがあると信じている。こんな私は見たことないからか、猪狩くんは口を閉じた。
「納得するように、話して」
 猪狩くんは私を見つめた。マウンドでの眼差しだ。見つめ合うことしばらく。甘い雰囲気などかけらもない。
「東野の目を、こっちに向けさせたかったんだ」
「私の……目?」
 しかし、彼から出た意外な言葉に、私の声はいつものトーンに戻ってしまった。
「……東野、僕の投球を見ていたかい?」
「えっと、七回無失点、打たれたヒットも二つだけでしょ?」
「ああ。なら、友沢の打席は?」
「ど、どうして友沢くんが出てくるの!」
「それ、だよ」
 確かに彼からの言葉は続いた。けれど、その言っている意味が全くわからない。意地になってつりあげたはずの眉はすでにゴロンと寝そべっており、クエスチョンマークを浮かべるばかりだ。彼はそんな私にらしくもなく控えめに笑った。それがますます私の迷宮入りをうながして、しまいにはわからないと自分を棚に上げて、彼を頼る。しかし、猪狩くんはそれを面白そうに眺めるだけ。助けてくれるような様子はこれっぽっちもない。
「まあ、もういちど言っておこう。僕は、遊び心はあったけど、ふざけてはいない」
「うん……」
「納得かい?」
「うーん、まあ……」
 曖昧に答えると、猪狩くんはまた微笑む。私ばかりが深みにはまっていって、高みの見物をされているような気がするけれど……わからないことはわからない。文句は言えない。
「覚悟しておいてくれよ、東野。これはキミに対する宣戦布告さ」
「う、うん」
「僕を、見ていてくれ」
「わかったよ」
 不透明なままと言われればその通りだけれど、ひとまず頷いておいた。それでも話してよかったと思えた。相変わらず、猪狩くんがどうしてあんなことをしたのかはわからない。それでも、私の中で渦巻いていた、裏切られた気持ち。これが抜けてしまったら、彼といることが苦ではなくなったのだから。
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