青春プレイボール!

□07
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「頑張れよー! 野球部ー!」
「後で応援に行くからねー!」
 そんな声援が飛び交う予選決勝。そして今は、学校から出るバスの前。決勝ともなれば、学校の人たちが見送りに来てくれている。もうひとつ、今日は終業式だ。みんな夏休みが始まって遊びたいだろうに、野球部の試合を見に来てくれるなんて嬉しい限りです。この高校の人は温かい、その熱が私の心にも伝染していきました。
「百合香ちゃん、しっかりね」
「わ、私も応援してるよ……!」
「ありがと、セッちゃん、チカちゃん。でも、私は試合しないから……」
「そういえば、今日はプロ野球で使ってるところで試合するんでしょ? えっと、なんていったっけー?」
「アタシ知ってるぜ! 東京ドームだろ!」
「神宮球場だよ、リョウちん、ハッチ」
 相変わらずな彼女たちも私をいつもの調子にするには特効薬で。彼女たちに口からではなくともありがとうは伝わるはずだと、思いのまま微笑んだ。本当は彼女たちともっとこうして笑い合っていたいけれど、そうもいかない。もう行かなきゃ、と荷物をまとめてバスに乗りこんだ朝七時。バスの中から見下ろした人だかりは、温まったはずの胸をさらに燃やした。終業式はまだ始まっていないのに、こんなにたくさんの人が来てくれた。野球部のために。
「うー、決勝投げたい! な、げ、た、いー!」
「私たちは私たちにできることをやろうね」
「メガホン持って応援なんてイヤー! 野球がしたいのー!」
 それなのにみなさん、ダダをこねる子供のような女の子がいまして。感動のシーンが台無しです。頬を膨らませる彼女を宥めるけれど、朝早いからか動き始めたバスの中で私も彼女も早々に夢の世界へ、起きたころには神宮球場に到着していた。
 そこではすでに試合が行われていて、決勝とはこういうことかと知らされる。眠りにつく前、予想していた私の神宮球場を遥かに超える人の数、球場に入れていない人もたくさんいる。この試合に勝った高校も甲子園に行くことになるのだ。
 これには試合を見てみたくなったものの、今は部外者であるパワフル高校野球部の席などない。迷子のように荷物をぶら下げて立ち尽くしていると、見たことのある姿が視界の隅を掠める。その影はここ神宮球場に着いたと同時にバスから出て、どこかへ行ってしまった人、葉羽くんだった。
 彼の名前を呼ぶと手招きをされて。足が向いた先、彼は、パワフル高校のものとは違う制服の人と話している。
「葉羽、その人は?」
「彼女はうちのマネージャー、東野百合香ちゃんだよ」
 葉羽くんに紹介され、青い髪の爽やかな男の人にあわてて頭を下げる。しかし、この人どこかで……? 不思議に思っていると、彼が星井スバルくんであると名乗りあげた。ああ、あの時の。確かに聞き覚えのある名前で、パチンと手を打つ。
「星井くん、ピッチャーだよね」
「僕のことを知っているの?」
 やっぱりだ。この驚いた顔をしている人は、猪狩くんと覇堂高校に偵察に行った時の星井スバルくん。制服とユニフォームでは、雰囲気がまるで違う。彼はこんなに柔らかな雰囲気を纏う人だったのだ。
「一度、覇堂高校にお邪魔させてもらったので」
「ああ、そういえば来てたっけ。猪狩守くんと一緒だったね」
「ごめんなさい、偵察の相手だなんて」
「いいや、そんなことないよ。僕の情報を欲しがるほどにマークされているなんて嬉しいな」星井くんが微笑みます。
「気軽に話してよ、敵である前に葉羽と同じ高校球児なんだから」
 優しい葉羽くんとどこか雰囲気が似ている星井くん。偵察の時はわからなかったけれど、こんなに穏やかな人だったのですね。その笑顔が素敵です。
 しかし、悠悠閑閑とした時間こそ長く続かないことは本当のことのようで、場に似つかわしくない大声が私を貫いてしまいました。
「星井! なにやってんだ!」
「ああ、木場には言っていなかったな。幼なじみに会っていたんだよ」
 そこには、ツンツンと髪を逆立てた人と女の子がいるではありませんか。大声の主はこの人、星井くんと対照的な彼は灰色がかって見えた。私といえば、その見据えることができない恐怖に震えている。
 それでも、木場くんが「テメエが星井の幼なじみか!」と、歯を見せて笑ったことでその霞は薄れてきた。対照的とは怖いことではなく、元気な人ということなのだろう。
 葉羽くんがその手をとって握手していると、木場くんの後ろにいた明るい髪の女の子が私に近づいてきた。可愛らしい子だ。瞳がくりくり光っている。
「あの、前に偵察で覇堂に来てましたよね?」
「なに!? 偵察だとコノヤロウ!」
「兄ちゃんは黙ってて!」
 どうやら彼女は木場くんの妹さんらしい。兄妹揃ってエネルギッシュです。妹さんは私のことを知っているようで、木場くんを容赦なく押し退けると私の手を強引に取った。話を聞けば彼女、木場静火ちゃんはなんと中学三年生だという。木場くんの頼みで、覇堂高校のマネージャーをやってるのだとか。
「まあ、静火くらい優秀なマネージャーは他にはいねえからな!」
「たしかに、木場さんは優秀だよね。飲み込みも早いし」
 そうか、静火ちゃんは凄腕マネージャーなんだ。ニカッと笑うその顔が眩しくて、とてもキラキラしている。年下の静火ちゃんに「静火ちゃん、キラキラ輝いているね」と素直な敬意を表すると、彼女はすでに捕まえていた私の手を握りしめ、目をさらに輝かせたのだ。
「ホントですか!? アタシ、キラキラしてます!?」
「う、うん。素敵だなあって思ってたよ」
「百合香先輩っ、アタシ、超嬉しいですー!」
「きゃっ」
 キラキラ、そんな言葉に反応して抱きついてきた彼女。どこかのだれかさんを彷彿とさせる行動に、いつもなら手を頭に伸ばすのだけど、そんな余裕はなかった。静火ちゃんのその行動が唐突で、上手く受けとめられなかったから。まずい。静火ちゃんと一緒に後ろへ倒れてしまう、このままじゃ。しかし万事休す、固く目を閉じるしかない。
 とは思ったながら、想像していたような衝撃はなかった。おそるおそる振り返ると、星井くんが静火ちゃんごと私の身体に腕を回して、受け止めてくれていて。
「あ、ありがとう」
「怪我はないかな」
「うん」
「百合香先輩、ごめんなさい! アタシのせいで!」
「気にしないで、大丈夫だから」静火ちゃんは安堵に微笑んだ。
「なに静火を危険な目に遭わせてんだ! ああ!?」ただ、落ち着かない人もいるわけで。
「おい木場、それくらいにしとけよ! 百合香ちゃんは悪くないだろ!?」
「うるせえ!」
「ちょっと、なんで百合香先輩にキレてんの!? 意味わかんないんだけど!」
 木場くんを葉羽くんと静火ちゃんが止め、ぎゃあぎゃあと収拾がつかなくなる。それを見た星井くんは、私の腕を引いた。 
「東野さん、こっち。パワフル高校の人を探そう。僕も着いていくよ」
 彼はひとまずだが私を木場くんから遠ざけようとしているみたい。星井くんに感謝しながら、おとなしく彼に着いていくことに。しかし、私の手を引いて走るこの人がもし、友沢くんだったなら。ああ、やっぱり、本当に好きなんだよね。ポッと目が潤んだ。

 星井くんとパワフル高校野球部を探し回って、回って。ようやく、一番会いたかった人と対面することができた。
「友沢くん!」
「東野、それと星井スバルか」
「友沢亮くん……有名な君に出会えるなんて嬉しいよ」
 あら、ふたりともお互いの名前を知っている。ということは、覇堂高校もこっちのことを研究しているのですね。
 星井くんは和やかに友沢くんへ笑いかけ、一方、友沢くんは無表情。その目は彼の顔じゃない、もっと下の方に向けられていて。そこに目をやると、ああ、そうだ。カッと顔が赤らんだ。そういえば、星井くんに手を握られたままだった。ずっと真剣に探し回ってくれていて気が付かなかったせいか、離しても繋がっていた部分が熱い。
「あ、ありがとう、星井くん」
「いや、迷惑をかけたのはこっちのほうさ。東野さんが無事で本当に良かったよ」
 温かな手を自分の手で包み込む。さっき、木場くんに怒られてしまったばかりだったから、彼の親切心が胸に染みこんだ。星井くんの底なしな優しさと木場くんの激しさ。確かにふたり揃うといいコンビなのだろう。覇堂高校、きっと手強い。
 爽やかに去っていった星井くん、一方の友沢くんはやっぱり無表情で片手を控えめに挙げるだけ。そして、星井くんが見えなくなると、友沢くんは私に向き直り、肩に手を置いた。彼との距離が一気に縮むから鼓動が加速する。私のそれを、この人はわかっていない。
「東野、星井に何もされなかったか」
「う、うん……」
「……あまり、俺のそばを離れるな」
 それが、こんなに近くで、こんなことを言うものだから。私ばかり振り回されているようで悔しい。ドキドキしてしまうじゃないか。私は友沢くんのことが好きなのに。好きだから、か。好きだから、悔しいと思えてしまう。
「同じ気持ちなら、離れないよ」
 だから、逆襲でもしたかったのだろうか。彼への想いが自然に口から出てしまった。触れそうな距離で見つめ合う。友沢くんの頬がみるみるイチゴのように染まっていって。ああ、気付かれちゃう。私の気持ち。壊れてしまうことが怖くて「なんてね!」とおちゃらけて。私は顔も見ずに彼の前からすり抜けた。この気持ちは、まだ捨てたくないから。
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