青春プレイボール!

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「ほらっ、見てみて! 友沢くん!」
「おい、高坂!」
「ね、百合香ちゃん、かわいいでしょう?」
「衣装がセクシーだからって、ヘンなことをしてはいけませんよ!」
「ほ、穂乃果ちゃん……っ」
「はいっ! じゃあ百合香ちゃんは友沢くんといってらっしゃーい!」
「百合香、気をつけてくださいね!」
「何言ってるの海未ちゃんっ、友沢くんと百合香ちゃんなんだから、何かなきゃダメだよっ」
「あなたが何言ってるのことりちゃん!」
 なんでしょう、この状態。他のメンバーに見送られて校内に繰り出した秋の日、本日は文化祭です。私は日頃縁のない女の子を美しく華麗に魅せる衣装を身に纏っています。いえ、衣装に被られています。そして、数歩後ろには友沢くんがいます。……本当になんでしょうか、この状態。
 アイドルカフェなのだから、アイドルが宣伝をしようということになったことはわかる。しかし、他校生や大人も来ているのだからと、私、穂乃果ちゃん、海未ちゃん、ことりちゃんは男の子を連れて宣伝に行くことになったこともわかる。穂乃果ちゃん、海未ちゃん、ことりちゃんと一緒に行く人は、クラスで大体の男の子が手を挙げて立候補し、ジャンケンで雌雄を決していたのもわかる、わかります。
 でも、どうして。なぜ私と一緒に行く人を決める時に、ほぼ満場一致で友沢くんになったの。みずきと猪狩くんは異議を唱えてたのに聞き入れてもらえなかったの。彼の表情はわからないけれど、きっと困っているのでしょう。厄介事に巻き込まれたと。
 これといい、太平楽高校との試合といい、つくづく私は踏んだり蹴ったりだ。なにも友沢くんの前で泣きっ面を見せなくてもいいじゃない。蜂が刺した後も然りだ。考えれば考えるほど頭は重くなり、自然と下を向いてしまう。これが人徳やら叡智であれば、実家で教わったような実るほど頭を垂れる稲穂になれるのだけれど、ごめんさい、それにはほど遠いみたい。
 しかし、何も実りなくとも頭を垂れた先にはことりちゃんが作ってくれた衣装が目に入る。彼女が嬉しそうに私へ衣装を広げてくれた姿を思い出す。
 もうなってしまったことはしかたない。みんなで宣伝して、たくさんの人に来てもらおうって、穂乃果ちゃんたちと決めたんだから。三人との約束をもまた思い出し、持っていたチラシに手をかけ、前から歩いてきたお兄さんの手元に差し出した。
「1年2組、アイドルカフェやってます!」
 何度も練習した笑顔で、受け取って、と念じると。見えざる力かなにか、お兄さんはチラシに手をかけてくれた。
「……これ、ライブがあるんですか?」
「あ、はい! ライブは私たちが歌って踊ります!」
 お兄さんはほんの少しだけでも興味を持ってくれたみたいだった。目をパチクリと瞬かせる彼に、笑顔で押し切るぞと商人らしい目論見が生まれる。
「あなたが……?」
「はい!」
「マジっすか!? すっごくかわいい!」
「はい! ……え?」
「僕、絶対見に行きます! あなたのこと応援しに行きます! あ、ライブ中の合いの手とかありますか? なんなら僕、親衛隊とかできますし、こう見えて、アイドルマネージャーの経験もあるんですよ! あっ、そういえばお名前を聞いていませんでしたね」
「え、と、東野、百合香です……」
「百合香ちゃん……名前までかわいい! あっ、そんな顔しなくても大丈夫ですよ!」
 真面目そうな印象を見せていたお兄さんはニヘラと破顔させ私の手をとった。一方の私は彼の勢いに圧倒され、目をパチクリと瞬かせることしかできない。まさに形勢逆転、数秒前のお互いが入れ替わったかのよう。
 なにがどうなっているの。ただでさえそう思っていたのです。それなのに、私の腕が誰かに掴まれ、返事も待たず強引に後ろへ引かれた身体、私を混乱させるにはおつりが返ってくるというのに。
「すみません、そういうお店じゃないんで」
 まるで、なにかを守るようにと盾にされた大きな背中が私の視界も心も彼一色にしてしまった。その犯人はただひとり、猪狩くんと私の間に入った時がデジャヴとして掠めて、しかし、あの日より何倍も、何百倍も、胸が熱くなって私はもう一度頭を垂れた。稲穂のように彼で頭がいっぱいになってしまったから。
 お兄さんは自分よりもうんと高い友沢くんを前に、いよいよ何も言えないようで、彼は私の腕と共にその場を去った。
 と、思われたのに。彼は大丈夫かと私を振り返った途端に固まり、手を離してまた数歩後ろに下がってしまうの。もう、私はがっかりです。彼ともっと近くにいたい、自分勝手な恋心が私の頬を膨らませる。そのうえ、周りを見ればすれ違う女の子たちが友沢くんに黄色い声をあげているのだから。−−かっこいい人だし、わからなくもないけれど、なんだか……嫌になったのです。
「ねえ」
 そう考えていれば、友沢くんに振り向いていて。
「そこじゃなくて……隣に来て。じゃなきゃ、さっきみたいにひとりだと思われちゃう……から」
 なんとも自分を極限まで正当化した回答でしょう。そのくせ、言ってるうちに恥ずかしくなってそっぽを向く。自分勝手まで足されていますね。我ながら呆れます。さらには、語尾が消えるような声だった。伝わったかなあ。……私も消えてしまいたい。で、でも、私と一緒にいる理由はそれでしょ。さっきみたいな人を寄せつけないためでしょ。そ、それなら、なにも変なことは言ってないよ、自信もって、私。
 友沢くんと目を合わせないまま、ギュッと瞑って、こみ上げる羞恥に耐える、たえる。無理、むりむり。やっぱり、今の言葉を撤回させてください。何を言ってるのよ私、本当に救いようがない。馬鹿者、バカバカ。
「……わかった」
 しかし、より近い場所から、はっきりした声がかけられた。それによりわかることはひとつ。友沢くんが並んでくれたということ。恥ずかしさで締めつけられていた胸が、違う音で私を攻めたてる。息がしづらくなる。嬉しくなってしまう。どこも悪くないのに、病気でもないのに、友沢くんが絡むと、どうしてこうも。

 そんなちょっぴりギクシャクした私たちの後ろから、聞き覚えのある名前が呟かれました。反射的に振り返る私と友沢くん。そこには、紫色の目を開かせた男の人がいて。久遠!? と、友沢くんにしては珍しく、ひどく驚いた様子だった。ふたりは知り合いのようです。そして、その男の人は、なんだかとても神妙な顔つきをしていて。
 不穏な空気の中、持っているチラシがしわになる。彼は、友沢くんをまっすぐと見つめ、ズンズンと距離を縮めた。
「友沢さん、あの時のわけを教えてください!」
 そして、文化祭には似つかない、悲痛な声。それはもちろんこの場では異様で。
「悪いが、今は忙しいんだ。行くぞ東野」
「友沢くん……」
 友沢くんは、そんな彼を見もせずに背中を向けて歩き始めた。完全に一方通行の視線は、男の人の儚さを一層際立てている。徐々に離れていくふたりの距離が、私をどうも切なくさせる。彼にはそんな雰囲気が悲しいほどに似合っていたから。−−放っておけない。私は友沢くんの後を追わず、綺麗な銀色の髪で顔を隠す彼を見ていた。
 俯いた顔に、ぽつりと落ちる落胆の声。この華やかな文化祭とは対照的で、この空間だけ切り取られたような気さえした。それが、とても不愉快に感じて。私は彼の腕を掴む。弾かれたように上げられた顔へ返事なんてしていられない。私は駆け出した。男の人、ひとり分を引いてやる力もないというのに。顰められた目は、誰のことを思ってか。おとなしく引かれている腕が、何かに怯えるように震えていた。
 アイドルの衣装を着ている私が、私より背が高い彼を引っ張っているだなんて、傍から見たら変な光景だったのだろう。振り返るたくさんの眼差しに耐えながら、自分のクラスまで戻ってきた。もうすぐライブが始まるせいか、なかなか人が入っている。三人の可愛い可愛いアイドルたちは偉大だ。
「あ、あの……」
 さすがに、おろおろと声を漏らす友沢くんの知り合いさん。もちろん、見てみぬふりだ。最高の笑顔で振り向いてみせた。
「いらっしゃいませ! どうぞ、ゆっくりしてくださいね!」
 目が点になっている彼を、クラスメートに引き渡す。ライブに出ることもそれとなく伝えて。これでしばらく、あの人はここにいるだろう。
「百合香、こっちに来てください。もうすぐ始まりますよ」
「はーい」
 海未ちゃんの指示で、舞台裏まで移動すると、穂乃果ちゃんとことりちゃんもいる。
「ねえ、みんな。このライブで、笑顔にしたい人がいるの」
「じゃあ、ことりもたくさん笑って、お手伝いするね!」
「うん! 笑顔で、楽しんでいこう!」
 ことりちゃんと、海未ちゃんと、穂乃果ちゃん。手を重ねて、笑い合う。もうすぐ、本番。見ててね、なんて。友沢くんに拒絶されたときの、あの表情を思い出した。
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