青春プレイボール!

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 彼の後を着いていき、野球部の部室に連れて行ってもらった私たち。それを待ち受けていたのは、部員たちのギラギラ光る威嚇の目でした。  
「外藤、あんだあ? コイツらは」
「他校が何の用だオラァ!」
「ケッ、犯すぞクソが……」
「先輩に手ェ出したらブッ殺す!」
「んだとクソアマァ!」
「静火に手ェ出してみろよ、野球できねえ身体にしてやっからなあ……」
 黒と紫色の着崩されたユニフォームがこれまた彼らを大きく見せているような気がして。こわい、こわいよ。本当にこわい。でも、でも、負けちゃダメだ。
「番堂さんに会いたいらしいんすよ。パワフル高校のレギュラーをワイらが潰したとか言うて。ホンマええ迷惑ですわ」
 外藤くんって呼ばれていたかな。彼が用件を部員さんたちに伝えると、部室が一気に騒がしくなる。ヒートアップしてしまった中、小筆ちゃんが隣にいない。見れば、私から少し離れたところ、練習機材に近づいているではないか。
「テメェ、俺らを疑ってんのか!?」
「当たり前じゃねえか! こんな野球部!」
「んだと……表出ろやオラァ!」
「上等だゴラァ!」
「木場くん、今はダメ!」
 木場くんが食ってかかるのをなんとか抑えて外藤くんについていく。小筆ちゃんも気づけば隣に戻っていた。周りからぶつけられる罵声は、無視、無視。ただの雑音だ。そう、雑音。
「番堂さんに何ふっかけるつもりだクソブス!」
「先輩はブスじゃねえよブスゴリラ!」
 少なくとも、あなたよりはマシよブスゴリラ。……って、だめだめ。この雰囲気に飲まれつつあるわよ私。耐えて耐えて。
「シカトぶっこいてんじゃねえぞクソメガネ!」
「うるさいなあ黙ってなさいよハゲ!」
「百合香ちゃん……」
「これはエゲザイルヘアだ!」
「エゲザイルのマネ!? 全っ然似合ってないんだから!」
 はっ。つい、小筆ちゃんが馬鹿にされて汚い言葉を返してしまった。でも、小筆ちゃんを見れば、小さくありがとうと言ってくれたから、まあいいかな。−−皆様は見なかったことにしていただけるとありがたいです。非常に不適切な発言が流れたこと、ここでお詫び申し上げます。はあ、平常心、平常心。同じ土俵に立ってどうするの。
 それに、外藤くんは周りにああだこうだ言われつつも、ちゃんと部長さんのところに向かってくれているのだ。なんだかんだで感謝をせねばならない。つまりね、ケンカを大安売りしていいことなどないのよ、私。収入より労力が上回るでしょうに。
 しかし、彼が立ち止まったのは外藤くんや部員の人よりも比べ物にならないほど大きくて、威圧感のある人。大きな椅子に座っている男性の前。彼が極亜久高校野球部部長である番堂さん。外藤くんが私たちのことを彼に伝えると、下がれだなんて言われていた。王様ですか、この方は……。
「で、東野と京野っちゅーたか。ワシに何の用や」
「パワフル高校野球部のレギュラー陣が、この時期に一斉に体調を崩しました。それで、私たちは異変を感じて……」
「つまり、次の対戦相手のワシらが、不戦勝のためにパワ高を潰した、そう言うんか?」
「……はい、疑っては、います」
 ギロリと、番堂さんの目が私を見下ろす。身体が固まる。けど、目だけはしっかり合わせた。
「嬢ちゃん、証拠はあるんか」
 さっきよりも、幾分低い声。私は、何も答えられなかった。あなたの口から確かめにきた、なんて言ったら笑われてしまうのだろうか。
「証拠は、あるんか」
 もう一度聞かれる。入ってみて、怖そうな人たちがたくさんいた。パワフル高校って聞いたら、何かを小声で話し出した人もいた。きっと、この高校にみんなが危害を加えられたのは確か。だけど、物的な証拠はない。……本当のことを言おうか。証拠はないけれど、確かめに来ただけだって。
 心配そうに私を見つめる静火ちゃんと木場くん。ここまで一緒に来てくれたのに、ごめんなさい。口を開こうとした時、だ。
「あります」
 横から、いつもより凛とした声がした。番堂さんの、余裕そうな顔に眉がひそめられる。
「これです」
 小筆ちゃんが取り出したのは、彼女のスマートフォン。番堂さんに見せてから操作を始めた。そこからはボソボソとくぐもった声が聞こえてくる。それには聞き覚えがあって。
「校舎に入ってから、ここまでの音声を録音したものです」
 もう一度、番堂さんの顔が歪んだ。その顔を小筆ちゃんは一瞥だけすると、容赦なく音を上げる。流れてくるのはさっきのこと。野球部の部室に入った時のことだった。
 外藤くんが、パワフル高校のレギュラーを自分たちが潰したと因縁をつけてきたと言った、そのあと。小さな声だが、スマートフォンはそれをしっかりと拾い上げていた。
『パワフル高校って、鷹野と半田がドリンク入れ替えたやつ?』
『そうそう。熱が出るようにしたらしいぜ』
 番堂さんの顔から、余裕が完全に消えた。なおも、小筆ちゃんはスマホを握りしめ、続ける。
「これを高校野球連盟に提出すれば、連盟は極亜久高校の野球大会出場資格を剥奪するでしょう。……いえ、メディアも黙っていないかもしれません」
 あの、葉羽くんの前じゃ何も話せなくなっちゃうような、女の子らしい女の子、小筆ちゃんが……何倍も風格や体格差がある番堂さんを、脅している。その事実に私の口はふさがらない。木場くんと静火ちゃんも目を見開いて彼女を見ているが、無理もない。
 でも、と彼女は言葉を切った。
「極亜久高校の部室にも……練習機材があって、それがとても手入れされているのを見ました。みなさん、野球が、好き……なんですよね。だから、あんなことをしてまで、先に進みたいんですよね……」
 小筆ちゃんからの思わぬ言葉。番堂さんの表情は、驚きへと変わっていく。瞳は丸々とし、眉はこれでもかとのし上がる。彼女はその顔に気づいていないようだ。
「でも、みんな、どの高校も……同じだと思うんです。私たち、パワフル高校も、ここにいるふたりの、覇道高校も、どこも、です」
 私と木場くんと静火ちゃん、三人で顔を見合わせる。そうだ。私たちはたった一つ、全国制覇という席をこのチームで取りに行きたい。その願いで、試合をしているんだ。その願いで、高校生活全てを捧げているんだ。
「だから、もう、こんなことをしないでください……。極亜久高校の、ここにしかないチームで、野球で、優勝を、目指して……ください」
 小筆ちゃんの番堂さんを見つめる目から一筋の涙が流れた。番堂さんも彼女の涙から視線を逸らさない。じっと、食入るように、いや、悔いるように見ていた。
彼女の涙、その思いをムダにしてはいけない。私は援護射撃だと照準を定めた。番堂さんの名を呼べば、彼がこちらを向く。その顔はひどく複雑そうだった。
「証拠は、たしかにここにあります。……ですが、私たちはあなたたちを信じて、これを高野連に提出しません。小筆ちゃんの、彼女の話を聞いて、これからどうするかは部長であるあなたにお任せします」
 失礼しますと頭を下げて小筆ちゃんの腕を引く。誰一人、何も言うこともなく私たちは野球部の部室を出て、極亜久高校の校門をくぐったのだ。
 そして「はああ……、どうなるかと思った……」だなんて一番に声を上げたのは、小筆ちゃん。彼女のおかげで、極亜久高校に一泡ふかせられたわけだというのにその影はどこへやら。もうすでに私の知る京野小筆ちゃんであった。
「小筆先輩、超かっこよかったです! 姐さんって呼んでもいいですか!?」
「えっ、えっ!?」
「京野、お前すげえやつだったんだな!」
「うん、見直しちゃった! すごかったよ、小筆ちゃん!」
 バッと手で顔を覆う小筆ちゃん。恥ずかしいみたい。さっきの勇ましい姿とは別人で。そんなギャップも可愛いものだと笑みが零れた。
「百合香先輩も、かっこよかったですよ!」
「えっ、かっこいいことなんてしたっけ?」
「エゲザイルもどきのヤツが姐さんにガン飛ばした時、百合香先輩、うるさいハゲ! って言ったじゃないですか! ラインヘアをハゲって……あははははっ!」
「も、もうっ! 笑わないでよ静火ちゃん!」
「でも、嬉しかったよ……言い返してくれて。百合香ちゃん、ありがとう」
「小筆ちゃん……。ううん、もとはといえば、私が言い出したのに……着いてきてくれてありがとう」
 小筆ちゃんと笑い合えば、さっきまで私をつついてた静火ちゃんが静かになる。もし、彼女がついてこなかったら。そしたら私は極亜久高校の人に馬鹿にされて。むしろ、あらぬ疑いをかけられたと逆恨みされていたかもしれない。……なにより、極亜久高校のあのやり方を浮き彫りにすることは、絶対に彼女なしではできなかった。是正されると、いいな。
「私、小筆ちゃんが同じマネージャーでよかった」
「百合香ちゃん……うん、私も」
 どちらともなく握手を交わすと、木場くんがぐずっと鼻を鳴らす。あらあら、静火ちゃんも。
「兄ちゃん、女の子同士の友情……キレイだね……」
「う、ぐずっ……そうだな……! くそっ、泣かせやがって……!」
 泣かせるつもりは毛頭なかった私も、小筆ちゃんも、困ったように顔を見合わせる。けれど、それがおかしくてふたりして頬をあげた。
 覇道高校に行き木場くんと静火ちゃんと別れたところで、ようやくパワフル高校に戻ってきた。綺麗な校舎、先輩や私たちによって整えられた部室、練習場。なぜでしょうか、すごく久しぶりに感じる。部室に行くと、レギュラーを他の部員が看病していた。
「百合香、どこ行ってたのよー!」
 頭に冷却シートを貼ったみずきがよろよろと起き上がる。さっきよりは元気そう。少しは良くなってるのかな。
「あれ、京野さんも一緒だったんだ。そういえば、ふたりとも今までいなかったわよね?」
「ふふ、ちょっと小筆ちゃんと出かけてたの、ね」
「う、うん、そうです」
「……あ、おかえり。百合香、京野さん」
「あおいちゃん、ただいま」
 帰ってきてしまえばいつも通り。あの体験が夢のような気がしてきた。でも、フッと小筆ちゃんを見ると、目が合う。……やっぱり、夢なんかじゃなかったんだね。
「ああもう、これで不戦敗よ不戦敗! なーんか腹立つ……秋だからいいけど、夏だったら最悪だわ! いい? あおいさんはとにかく、猪狩、優しい方の猪狩、友沢、あんたたちは体調管理をもっと徹底しなさいよ!」
「友沢に関してはその通りだが、僕と進に向けたその言葉、そっくりそのままキミにお返しするよ」
「いや、俺も返す」
「ふん、私はね、日頃とっても体調に気を遣ってるのよ。どうせあんたたちがどこかからウイルスを持ってきたんだわ!」
「まあまあ。みずき、落ち着こうよ。ボクらで犯人探ししたって熱は治らないよ」
「そうだよ、橘さん。これから僕もみんなも体調管理を徹底する。それでいいじゃないか」
 一年レギュラー陣が全員、額に同じものを貼りつけて言い合う蚊帳の外で私と小筆ちゃんは、ひっそりとお互いにしか聞こえない声で呟いていた。
「このこと、みんなには秘密ね」
「ふふ、そう、だね。知られたら、橘さんとか……極亜久高校に、乗りこんじゃいそう、だもん」
「うん、たしかに」

 次の休みの日。極亜久高校の前までやって来た。相変わらずスプレーで落書きされた表札、ここからでもわかる窓ガラスの破損。あの時と変わっていなかったけれど、ほんの少し、変わっているものがあった。
「センター! どこ見てボール追っとるんじゃ!」
「っす! 番堂さん、すいませんっ!」
「次はレフトやぞ! ワシのバットからしっかりボールを見ときや!」
「うっす! よろしくお願いしますっ!」
 それは、グラウンドに響く、バットの音。それから放たれた白球を掴む音。
「ええやないか!それやそれや!」
 そして、どこでもない、極亜久高校野球部らしい、練習風景でした。
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