青春プレイボール!

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「ん、ぅ、」

ぼんやりと、目が覚めた。ここは、どこだっけ。家の天井じゃない。働かない頭で、となりに人がいることを確認する。

「ふわあ、だれえ……おかーさん……?」

目をこすりながら起き上がり、その人を見て、しばらくぼーっとしていた。そして、意識がはっきりしたころ。

「ご、ごめんなさい友沢くん!」

「くくっ、いや、気にするな。東野の新しい一面を見ただけだ」

「ああもうっ、忘れて!」

「それは無理な頼みだな」

さ、最悪。やってしまった。まさか、まさかまさか。友沢くんに、寝ぼけてお母さん、だなんて。思い出しただけでも恥ずかしくて、手で顔を覆った。
それと同時に、自分がどうして保健室にいるかも思い出した。赤くなった顔はみるみる青くなって、手も重力に従ってベッドの上に落ちる。友沢くんもそれに気付いて、口を開いた。

「そういえば、どうしたんだ? 朝練にも来てなかったな」

私の目は、手元を離れた。

「あ、あれ……先生話してなかった?」

「? いや、何も」

病院でその姿を見たせいか、ベッドの横にいる友沢くんは、いやに安心感があった。それでも拭いきれないほど、私は不安に覆われてるわけだけど。

「……私、転校しようかな。覇道高校あたりに」

「て、転校!? しかも覇道だと……! なぜだ!」

「聞いてない? 私とみずきが付き合ってるうわさ……」

「……ああ、確か葉羽と矢部がそんなことを言っていたな」

「う、葉羽くんと矢部くんにまで広がってるの……?」

「ああ、少なくとも俺はふたりから聞いたぞ」

なんと。葉羽くんと矢部くんに広がってるってことは、部活にも広がってるってことじゃないですか。もう、野球部にも顔を出せない……さよなら、私の青春。

「それがどうかしたのか?」

「きっと、学校中で人気者のみずきを変な方向にそそのかした東野さんって有名になっちゃうよもう私の居場所なんてないよ転校しかないよ都会こわいよ実家に帰るぅ〜!」

頭の中でその状況を想像して。耐えきれなくなった私は、起き上がっていた体を倒し、ベッドのかけ布団に顔を埋める。もうずっとここにいたい。しかし、それは叶わないわけで。苦笑いを零した友沢くんによって捲られてしまった。

「大丈夫だ、うわさは確かにあるが……好評だったぞ?」

「好評……?」

どういうことだろう。友沢くんの目を見つめる。彼は、ふっと目を逸らした。

「……俺にはわからないが、東野と橘がくっついてるとたまらなくいいらしい。男子の間じゃそう聞くな」

ぼそぼそと話した友沢くんの言葉に、ベッドの上で、全身の力がふっと抜けた。ひょっとして、東野さんありえねーわ、なんて感じじゃ、ない……?

「よ、よかった。私、もうここにはいられないと思ってたよ……」

「そんなことで悩んでたのか?」

「そんなことって、死活問題だよ……!」

寝たまま、力が抜けきった身体じゃ、反論もどこかふわふわとしていて。むっとした私は、ころりとそっぽを向いた。しかし、言わねばならないことを思い出して、また彼の方に身体を向けて起き上がる。

「あっ、分かってるだろうけどうわさだからね! 本当の話じゃないからね」

「……そうか、安心した」

友沢くん、信じてたのか……。危ない危ない。言わなきゃ、誤解されているところだった。それにしても、ハッチから聞いた時は、もう全身氷点下になるほど、ヒヤリとしたけど、よかった。男の子の気持ちはわからないけど、よかった。ほっとした、そのとき。

「百合香! ハッチから聞い……なんであんたがいるのよ友沢ぁ!」

スパンと勢い良く保健室のドアが開いたと思えば、そこにいたのは私の大親友。とはいえ、友沢くんを見つけた瞬間に、彼女はその愛らしいお顔を般若のように変えてしまった。そのまま、私がいるベッドにズンズンと寄ってきて、椅子に座っている友沢くんを見下ろす。

「俺は加藤先生に、東野を見るように任されただけだ」

「保健室にふたりって、百合香に何もしてないでしょうね!」

「……別に」

「目を逸らすな! 百合香に変なことしたら、絶対に許さないから!」

「それは、東野が決めることだろう」

「なんですって!?そうやって開き直って……!」

ああ、また始まってしまったふたりの口喧嘩。これ、長いんだよねえ。ベッドから降りて、下に置いてある上履きも忘れずに。

「だいたい、いつもそうやってクールぶっちゃって、イマドキ流行らないっての!」

「俺はもとからこういう性格だ」

「ふんっ、化けの皮剥がしてやりたいわ!」

「相変わらず、口が減らない女だな」

「おしゃべり上手って言いなさいよ! 友沢より、友達もたくさんいるんだから」

「橘とは違って、俺は野球をしに高校に来たんだ。馴れ合いをするつもりはない」

「何よそれ、私が本気で野球してないとでもいうワケ!?」

はは、今回も終わるのはまだまだ先みたい。やれやれ。ふたりの横を抜けて、私は保健室を出る。なんとなく、ドアは静かに閉めた。
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