青春プレイボール!

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クリスマス。昨日、それについて悩みに悩んだ私。正直、何に悩んだのかわからないくらい、いろんなことを考えたけれど、糸はこんがらがってしまって。誰かに、相談しようかと思ったわけで、ブルペンをそっとのぞく。
この季節、投手にとっては命取りになる手の悴み。それによるケガを危惧して、投球制限をしているからか、すごく静かで。そこにひとりしかいないのは、明白だった。

「進くん」

「あれ、百合香さん?どうしたの、こんなところに」

背を向けて座っていた彼は、私がブルペンに入ってきたことすらわからないほど、入念にレガースを磨いていた。となりに座った私も、さりげなくヘルメットとタオルを手に取る。

「ちょっと、聞いてみたいことがあって。いいかな」

「もちろん、僕がわかることなら、なんでも」

「ありがとう。あの、進くんは……クリスマスの予定、もう決めてるの?」

お互い、視線は防具に奪われていて、どこか気軽な雰囲気。それに合わせるように、進くんも気の抜けた声で、そうだなあ、と一拍おいた。

「僕は、自宅で練習ですかね」

「え、進くんって彼女さんとかいないの?」

「うん、いないよ。野球が恋人だからね」

困ったように笑いながら「情けないけどね」とつぶやく進くんをステキなことだと安心させて、目の前のヘルメットを磨く。野球が恋人、か。きっと、友沢くんも同じことを言うんだろうな。……いや、どうかな。口喧嘩ばかりのふたりが浮かぶ。

「百合香さん、そんなことを聞くなんて、クリスマスに誘いたい人でもいるの?」

「うーん、そういうわけじゃないんだけど……」

「……けど?」

「……うん、うそ。いる……かな。無理だけど」

「無理? ……どういうことか、聞いてもいい?」

私の話を聞いて、進くんの手が止まる。防具に注がれていた視線も私の方を向き、私だけそれを合わせることができなかった。……人に、このことを話したこと、ないから。

「進くんになら、いいかな」

「僕は、秘密はきちんと守るよ」

「うん、信じてるよ。えっとね、誘いたい人っていうか……クリスマス、一緒にいれたらいいなって思う人はいるの。でも、その人には、私よりずっとお似合いの女の子がいて、私、そのふたりのこと……どっちも、好きで……」

「……うん」

だんだん小さく、ゆっくりになっていく声。あれ、なんでかな。ひとりで考えた時と、なにか違う。そんな気持ちも抱えているのは私だけで、進くんは静かに話を聞いてくれる。ふたりしかいないブルペンは、空気の音が聞こえるほど。

「私も、その女の子みたいな性格だったら、あんな風に親しく話せたのかなって思うんだけど……でも、そうだったら、彼女とは仲良くなれてない気がして。……ごめん、何が言いたいのか、まとまらなくて」

違和感は、口から出てさらに広がる。本当、どうしちゃったの。昨日はこんなこと、考えてたわけじゃないはず。ふたりのこと、好きでいようって。ちがうの?わたし。

「いや、大丈夫だよ。……じゃあ、もしもの話をしてもいい?」

ふと、タオルが止まった。目だけが下を向いたまま。タオル、もうこんなに汚れてたんだ。よほど、意識してなかったらしい。進くんは、こっちを見ていた。

「百合香さんは、もしも、そのふたりが付き合ったら、どう思う?」

付き合う。頭になかった言葉。でも、言われてみればその通り、だよね。好き合っていれば、付き合う。そのとたんに、私の世界はスローモーションになったかのようで。ゆっくりと、瞳を上げた。
昨日、考えたこと。それは、夏のあの日、一度は自分から逃げかけたことに、向き合わなきゃって。猪狩くんがそれを見せてくれて。
……それでも、みずきと友沢くんがふたりでいる時、私、どうしてた?みずきとふたりでショッピングしている時、友沢くんに会って、ふたりがいがみ合ってるのを見て。私と友沢くんが保健室にいる時、みずきが来て、騒ぎ合ってるのを見て。

私、別のところに逃げたんだ。

そのことに気付くと、現実に引き戻される。突如襲うのは、胸のあたりをギリギリひっ掻き出す、いままでの出来事。とっさにタオルを持った手を、そこにあてた。

「……百合香さん?」

「え、あ、ううん、えっと……もし付き合ったら、あ、諦める、かな。これまでと、何も変わらないし、ね」

うそ。きっと、またふたりから逃げる。ふたりとも好きでいるなんて、口だけ、だったのかな。本当は、彼女がいないときだけ、友沢くんのとなりで好きだと思って。みずきが来たらすっと離れていて。そのくせ、みずきが親友、なんて。

「ずるいなあ、百合香さんは」

進くんの言葉で、全身が冷えた。

「そんなに簡単に諦められたら、なあ。」

「進、くん……?」

「いや、僕の近くにも似たような境遇の人がいてね。その人なら、そうは答えないかなって思ったんだ。だから、百合香さんが羨ましいなって」

裏のない表情でそんなことを言われてしまえば、彼を直視することが出来ずに、唇を噛む。そんなことはないんだよ、羨ましいだなんて、言わないで。

「僕の知ってる人は、好きな人がいてね。でも、一方通行なんだよ。その人にも、好きな人がいるからね」進くんは、なおも眩しく私にほほえむ。「でも、その人なら好きな人が結ばれてしまったら、こう言うかな。隙を見せたら奪うよって」

「…………」

「……きっと、泣きたいほどつらいはずなのに。本当に、馬鹿な人だと思います。でも、あの人は、彼女への気持ちを貫くんだろうな」

進くんの言うその人は、強い。まっすぐ自分の想いと向き合っている。私は、ずるい。ふたりのことを好きでいたい。友沢くんとも接していたいし、みずきとも親友でいたい。

「……強いね、その人は」

「……強い、みんなはこれを、強いと言うのかな」

「わからない、けど……私は強いと思ったよ」

「……そう、ですか。本当、損なひとだ」

ピカピカと輝くヘルメットと、全ての汚れを一身に背負ったタオル。
私が手にとったのは、ヘルメットだった。
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