青春プレイボール!

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ちらほらと歩く人たちを追い越したり、すれ違ったり。しばらくそのままで走り続けたけれど、突然足を止めた。いや、止められた。そのせいで私は彼の背中に頭をぶつけてしまう。

「いたた……友沢くん、どうしたの?」

「……最悪だ」

「え?」

彼を覗き込むも、前を向いたまま目が合わない。流されるように、私もその方を向くと、うすい紫色の長い髪の人がいた。女のひと、かな。

「ここにいたんだ、探したよ友沢くん」

「神高……」

あら、男のひとでした。顔向けできない間違いに逸らされる目。もちろん、相手の方には気づかれてないけれど、なんだか後ろめたい。

「ん、そこの女の子は誰かな?」

そう思っていた矢先、紫さんに意識を向けられて肩が跳ねた。なんてタイミング。

「と、友沢くんの同級生、です」

「パワフル高校野球部、マネージャーの東野百合香だ」

友沢くんの助けもあって、ひきつった笑顔でもなんとか自己紹介。へえ、と興味なさそうに言われたけれど。彼、神高龍くんはアンドロメダ高校のひとらしい。アンドロメダ、聞いたことない。今度、部活の時に調べてみようかな。

「それで、何の用だ?」

「おいおい、なぜそんなにイヤそうな顔をするんだい? 僕とキミはライバルじゃないか。そのサングラスが何よりの証」

「サングラス?」

神高くんの指した方に視線は動かされていて。それと同時に一瞥した友沢くんの顔。神高くん、そんな悪い人には見えないけど……とても、とてもイヤそう。彼の顔、すっごく歪んでいる。ちょっぴり、心配な気がして友沢くんに口を開いた。

「このサングラス、神高くんとなにか因縁があるの?」

「……中学の時、神高と投げ合ったことがあって、その時にもらったんだ」

「そうなんだ、じゃあ神高くんも友沢くんくらいすごい人なんだね。」

これは、ますます調べておかなくては。アンドロメダ高校、アンドロメダ高校と頭のメモに記入する。その様子を見ていた神高くんは、友沢くんのサングラスに向けた指を、今度は私に向けた。もういちど跳ねた肩。

「東野さん、友沢くんより僕の方が強いのさ! 覚えておいてくれ」

「は、はぁ……」

「それで、何の用だ」

さすがにイライラしてきたのか、友沢くんの声が低くなる。それを気にも止めずに、よく聞いてくれた、と神高くんは両手を広げた。なんだか、私も疲れてきた。

「キミには以前から目をつけていたんだ」

「俺に?」

「そうさ。どうだい、僕のもとに来ないか?」

広げた手を胸にあてて、神高くんは友沢くんを見た。僕のもとに来ないかって……神高くんは、友沢くんを勧誘しているのだろうか。じゃあ、もしもそれを友沢くんが受けてしまったら?そしたら、アンドロメダ高校に行くってことなのか。

「だ、ダメっ!」

そんなの、だめ。両手を握りしめて、神高くんに反対する。すると、私をギロリと睨んだ神高くん。こ、怖い。いつか、極亜久高校に行ったことを思い出した。

「キミには聞いてないよ、東野さん」

「おい、神高。東野を驚かせるな」

友沢くんの横で、蛇に睨まれた蛙。まさにその名の通り、萎縮。

「へえ、友沢くんはずいぶん東野さんに惚れこんでいるんだね」

「……付き合っているからな」

「! あの友沢くんに、彼女……!」

ニヤリと笑った神高くん。なんだか、身震いがして。友沢くんの腕に触れた。それに気づいた彼も、一度私に目を落とした。安心したのもつかの間。神高くんは、その顔のまま、指差した、私を。

「それなら、東野さんも僕の仲間になってもらおうか」

「えっ」

「それなら来るだろう、友沢くん。それに、僕の仲間になれば、世界の半分をキミにあげるよ。」

「世界の半分……?」

よくわからない。私の名前が出てきたのはきっと、この女使える……!とかそんなところだろうけど、世界の半分とはなんなのか。ねえ、と友沢くんを見上げれば。あら、なんだか目が光っている。

「世界の半分か、それはありがたいな。遠慮なくもらっておく」

なんとまあ。彼はきっと、あげるという単語につい了承してしまったようで。それと同時に輝き始めるのは、神高くんの瞳。

「よし、約束しよう!」

「ちょっと待て、東野には世界のどれくらいをくれるんだ?」

世界の半分とかなんとか、わけがわからなくなってきた。ここまで来ると、神高くんへの恐怖心は消えて、客観的な視点でこの人たちを見ることができる。いろいろと、おかしすぎる話に目を呆れさせるのは、やむを得ないことだった。
 
「東野さんにはないよ。彼女はマネージャーだろう?」

「だったら、俺がもらった分を東野に譲る」

「結構です……」

「待て! 勝手に譲るな!」

なんでこんなことになっているんだか。両手を今にも友沢くんに突き出しそうな神高くん。だんだん子供のように思えてきた。いや、子供か……。ここまでくると、友沢くんがおままごとに付き合っているようにしか見えない。

「もらったものをどうしようと、俺の自由だろう」

「ちがーう! キミは僕の部下になったんだから、僕の命令を聞かないとダメだ!」

「そういうことは、譲る前に言っておくべきだったな」

前言撤回、友沢くんも子供みたい。言ってることは正論なのに、全く正論として聞こえてこないマジック。あれ、私は今、手品を見ているんだっけ。違うよね。神高くんは、正直くだらない友沢くんの理屈に本気で悔しがっている。そして、私にまで飛び火するのだった。

「むむむ……、だったら東野さん! 世界の半分を返せ!」

「え」

「返すな、東野!」

本心として言えば、どうでもいい。返してもいいし、返さなくてもかまわない。でも、ふたりの意見は明らかに割れていて。どっちに味方するか、答えは最初から出ていた。ほんの少し顎に手をあてた後、ちょっといじわるな考え。ぽん。思いついた。

「友沢くんは、世界の半分をもらうことで神高くんの部下になったらしいけど……私はそれを了承してないから、神高くんの部下になってないよ。だから、もらったものを返さなくても、いいよね」

にこり、笑ってみせれば、神高くんは歯ぎしりをする。それはそれは強い力の拳が震えていた。

「むうう……、なんという策士!」

神高くんは、私たちに背を向けた。そして振り向きざま、その拳からビッと放たれた人差し指。

「覚えておけ! 友沢くんも東野さんも、必ず僕の仲間にしてみせる!」

そう言って去っていった。最初は怖い人なのかな、そんなことを思っていて警戒していたけど、今の印象は全く違う。

なんだか……賢くないひとだな。
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