青春プレイボール!

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神高くんとのかわいらしいバトルの末、勝利した……と言っていいのかわからないけれど、まあ、負けてはいない私と友沢くん。本来、神高くんに出会っていなければ、もう少し前に着いただろう総合病院に足を運んだ。

「ここに来る予定だったんだね」

「ああ、母さんがいるからな」

新年の挨拶とでもいうのか、なかなかたくさんの人がいる。ナースさんにもあけましておめでとうございます、と声をかけられるくらい。友沢くんは、慣れたようにまっすぐ階段を上がり、お母さんの病室へと進んでいく。それを小さく追いかけると、見覚えのある白い部屋が目に入った。

「母さん」

「あけましておめでとうございます」

「亮に、百合香ちゃんじゃないか」

友沢くんのお母さん、友沢さんのもとには小さなふたつの影もあって。

「ゆりかおねえちゃんだー!」

「わーい! ぼく、ゆりかおねえちゃんにあいたかったんだー!」

嬉しいことを言ってくれるふたりに手を振る。さっきたまった、言いようのない疲れも吹き飛んだような気がした。でも、せっかく元旦なんだし、家族水入らずでいてほしい。

「百合香ちゃん、朋恵と翔太と、亮にまで懐かれて大変ねぇ」

「母さん……!」

「ふふ、みなさんステキな人だから大歓迎ですよ。あ、花瓶の水を換えてきますね」

さり気なく出ていこうとしたら、友沢くんが俺も行く、と椅子を立った。いいの、ひとりで大丈夫。彼を座らせて、ようやく病室を出ていく。
……いいなあ、私もお母さんに会いたい。ホームシックになっていないといえば、嘘になる。友沢くんの決して裕福ではないけれど、幸せそうな家庭を見ていると、実家のことを思い出すんだよね。
花瓶に水を入れる。お家、帰りたいなぁ。朝、みずきもいて、メールだけになっちゃったし、お母さんに電話してみようかな。ふと、思いついた考えに、頭の中は大賛成。そうしよう、帰り道にでも。上向きになった気持ちを抱きしめて、病室に戻った。

「ありがとうね、百合香ちゃん」

「悪いな」

「いえ、気にしないでください」

花瓶を定位置に置いた、その時。

「あ、ご、ごめんなさい!」

携帯電話が鳴ってしまった。そういえば、忘れていた、電源を切ることを。急いで病院の外に出て、人がいないところに移動してから携帯を開く。

「もしもし、みずき?」

「うん、そーよ! 今、葉羽と一緒にいるんだけどね」

「葉羽くんと?」

「そう。で、これからご飯を奢ってもらうんだけど、百合香も来ないー? あ、友沢とはバイバイしてきてね!」

可哀想に、遠くから小さく何を言ってるんだよみずきちゃん、と悲痛な嘆きが聞こえてくる。葉羽くん……がんばって。本日二度目のエールを送った。

「私はいいかな……。みずき、葉羽くんに迷惑かけすぎないようにね。」

「わかってるって! だいじょーぶ、だいじょーぶ!」

本当だろうか。ため息をつきながら、葉羽くんによろしくねと電話を切る。その後、耳から離した携帯をじっと見つめた。かけてみようかな。携帯に登録していなくても、忘れるはずのない実家の電話番号。ゆっくりと親指を動かして、それを耳にあてた。

「……はい、東野です」

懐かしい声。確かに、お母さんの声だ。

「あ、あの、お母さん?」

「百合香? 百合香なの?」

「うん、久しぶり」

お母さんの声が少し高くなった。やっぱり親で、自然に浮かび上がってくる。今ごろ、こんな顔をしているのだろう。

「もう、たまには電話しなさいって言ってるでしょ! でも、元気そうね」

小さく笑い声が聞こえる。きっと、今はこんな顔。

「ごめんね、この前言ったみたいに、みずきが泊まってるから」

「みずきちゃんってあなたが親友って言ってた子よね。どんな子なの?」

「うーんとね、明るくて、楽しくて、面白い子。あっでも、小悪魔なところもあるかなあ」

「……そっか、親友。百合香がねぇ。心配してたのよ。あんた、田舎っぺだし、地味だから、そっちで浮いちゃうんじゃないかって」

「……心配してくれてありがとう。みんな、いい人たちだから大丈夫だよ」

お母さんは、お母さんだ。遠く離れていても、私のことを考えてくれている。いつか、みずきに会わせたいな。お母さんのこと。……友沢くんにも。
お母さんには、これまでのことを大まかに話した。特に、野球部のマネージャーをやっていることや、文化祭でアイドルグループに抜擢されたことは、たいそう驚かれた。

「大丈夫そうなの?」

「うん、大丈夫。……ごめん、やっぱりそんなことないかも。時々、お家に帰りたいなって思うよ」

「そう……いつでも帰ってきなさいね」

「ありがとう、お母さん」

お母さんのやさしい声を最後まで聞きたくて、じゃあね、とお母さんが受話器を置くまでそのままでいた。やがて、聞こえてきたのは、通話が終わったことを知らせる無機質な音。
ちょっとだけ、その場に立ち尽くした。私がパワフル高校を受けると言い出した時の、合格を伝えた時の、家を出る時の、お母さんのことを思い出して。
そろそろ病室に戻らなきゃ、と振り返る。しかし、それはかなわなかった。そこに、友沢くんがいたから。彼は、私から目を逸らす。そして、下げられた頭。

「すまない、遅いから心配になって来たんだ。……聞くつもりはなかった」

「そんな、いいよ。気にしないで」

彼の顔が見えるようにしてやると、彼はまゆを下げていて。

「寂しい時は頼ってくれ。これでも、彼氏だからな」

その友沢くんのやさしさが、じんわりとホームシックを和らげてくれた気がする。ほら、こんなにステキなひとがいるんだよ、お母さん。携帯をきゅ、とにぎりしめた。
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