青春プレイボール!

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「友沢くん、ありがとう」

「さっきよりはふっきれた顔をしているな」

「うん、あなたのおかげです」

そんな会話をしながら、家まで送ってくれた友沢くんが背中を見せたのは、少し前の話。家に帰った私は、ぐるぐると今日のことを勘えていた。みずきを支えたい。マネージャーになった当初、そう思っていた気持ちはどんどん膨らんで、今や、このままずっと、なんて。湧き上がってきたのは、私の料理を食べた人たちの、笑顔。傲慢なことかもしれないけれど、私は。

携帯を取り出した。いつか、交換した番号を引っ張り出す。あった。一抹の迷いもなく、通話ボタンを押した。出るかな、出てほしいな。ベッドに腰掛ける。鏡に映った、唇をむんと一文字にした私。

「もしもし」

「いきなりごめんね。今、少しいいかな」

「ええ、大丈夫よ」

「えっとね、実は……」




昨日の夜に電話をして、今日の朝から私の家に来てくれている人。それは、料理部に入っているクラスメート、明星雪華ちゃんでした。おっとりしていて、時々天然。そんな可愛らしい人だけど、料理の腕はバツグン。そんな彼女から料理を教えてもらって、野球部に振る舞ってあげたい。喜んでもらいたい。それが、私の願いだった。

「百合香ちゃん、なかなか上手よ。でもね、ここはこうした方がいいわ。余熱調理ができるからね」

「あ、そっか。なるほど」

セッちゃん、すごくありがたい。料理部とあってか、レクチャーもすごくわかりやすく、台所での作業がさらに楽しく感じる。

「百合香ちゃん」

「ん、なに?」

いつもより近い距離で、緑色の髪を束ねる彼女と、黒髪を束ねた私。セッちゃんは、菜箸を持つ私の手を指で弄りながら口元を歪めた。

「どうしていきなり、料理なんて学びたがったの?」

「……野球部に、なにか作ってあげたいと思ったからだよ」

「本当に、それだけ?」

彼女の言わんとすることはわかった。おおかた、友沢くんがらみだと読んでいるのだろう。もう片方の手でフタを取る。一気に香ばしさが襲った。うん、いい感じね。

「うん、そうだよ」

「……友沢くんに、手料理を食べさせてくれって、言われたのかと思ったのに」

つまらなさそうにつん、ととがらせられた唇。そんな顔してもムダです。できあがったのは肉じゃが。セッちゃんチョイスなわけだけど、これは確実に友沢くんの胃袋を狙って設定したな。まったくもう。
でも、いつか友沢くんに食べてもらいたいな。そんなことを思わないことは、ない。

「……セッちゃんみたいに、料理上手になりたいだけ。ただ、それだけだよ」

本音を隠すように、鍋から盛りつける。明星先生の肉じゃが調理法、いいですね。すごく美味しそう。白い深めのお皿の上で輝くじゃがいもたち。牛肉や玉ねぎ、グリンピースも、てらてらと光っている。
セッちゃんも口ををへの字にしていて、染まない意を示唆していたけれど、やはり、美味しそうな食べ物を前にすると、それも緩むもの。ふたりで、顔を見合わせて笑った。
食器をテーブルに並べ、彼女と面して着座。手を合わせた。

「うん、美味しい。よくできてるわ」

先にひとくち食べた彼女が、満足げに頷く。先生もこのご様子。どうやら味はいいらしい。私もじゃがいもをひとつ、つまむ。

「本当だ、美味しいね。セッちゃんのおかげだよ」

じゃがいもには、噛むたび、かむたび、味が広がっていくような幸福感がつまっていて。もうひとつ、手が伸びる。

「私のおかげじゃないわよ。百合香ちゃんが、がんばったから」

彼女も、その美味しさの経験者。頬が落ちそうになっている。目尻を柔らかくしながら、また咀嚼。

「でも、今日の作り方、初めてやったもん。セッちゃんが教えてくれなかったら、こんな美味しくなる方法、知らなかったよ」

彼女の指導に脱帽、といったところか。そんなことを思っていると、セッちゃんと目が合う。箸を、静かに置いた。

「そんなこと、ないわ」

その仕草に流されるかのよう。私も、手を空けた。色っぽい瞳が、きゅ、とやんわり曲げられる。すごく、すごく綺麗な笑みで、彼女はこう、言ってのけた。

「美味しさは、調味料じゃないの。作る人から、食べる人への、気持ちよ」

ああ、料理が上手なひと。きっと、この人のことをいうんだ。
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