青春プレイボール!

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「夏の一軍を選出する。レギュラーは全て白紙だ」

この言葉がどんな深い意味を持っているか。それは、グラウンドを見てください。

「よっし、矢部くん! やるぞー!」

「一軍はオイラたちのものでやんす!」

「葉羽くん、矢部くん、がんばって!」

我先にと守備をアピールしに行ったのは、このふたり。それを、バカだな、と鼻で笑うのは猪狩くん。そうは言いつつも、フライを落とした葉羽くんに腰が引けていると注意。素直じゃないなあ。

「ふっふーん、見てなさい! 百合香の特製ドリンクとクレッセントムーンでエースを奪ってやるんだから!」

葉羽くんたちを見ていた私の横を、誰かがすり抜けた。水色の髪、みずきだ。私に手を振って、マウンドに向かっていく。

「みずき、ファイトー!」

口の前で手を丸めて、選手に負けじと声出しだ。私は、みずきの応援団長だもんね。彼女がまっかせなさーい!と、得意げにダイヤモンドの中心からキャップを掲げる。
後ろから私の隣を通っていったのがもうひとり。聖ちゃん。10センチほど上から肩に手が置かれ、ドリンク美味しかったぞとひとこと。対抗して、背のび。彼女の頭をぽんぽんと撫でてやる。

「聖ちゃんも、がんばってね。あと、ちゃんと休憩とりに私のところに来ること」

「……休憩しないと、百合香がうるさいからな」

がんばって届いた手は、聖ちゃんに掴まれて私の頭に返された。そのまま彼女は静かにポジションへ歩いていく。もう、これじゃどっちが先輩だかわからないじゃない。

「百合香」

手の場所をそのままに後ろ姿を見送っていると、呼ばれて振り返る。そこには、右手を控えめにあげたあおいちゃん。そこに私の左手を重ねると、おさげを揺らして口角を上げた。

「よし、ボクもがんばるぞ!」

「がんばって! ここから見てるよー!」

通り過ぎて、髪を跳ねさせながら親指を立てる。かっこいいな、威厳がある。……小筆ちゃんのノートに書き込んでおかなきゃ。こうして、何人かの選手が走っていくのを見ていると、私もやる気がわいてくる。両手を握って肘を曲げる。口をむん、一文字にむすんで、気合だっ。同じマネージャーの彼女のもとに走った。

「小筆ちゃん、がんばろー!」

「へ、えっ、百合香ちゃん……?」

「よーし、やーるぞー!」

「百合香ちゃ、は、葉羽くんみたいなこと言ってる……」

小筆ちゃんが目を白黒させてる? 今は関係ないね、後で謝っておくもん。彼女の手を掴んでベンチまで全力ダッシュ。目的のそこにつくころ、いつもは息を切らしてるはずなのに、全然ヘーキだった。

「マネージャーの仕事、がんばろー!」

「お、おぉー……」

小さくだけど、こぶしを作ってくれた彼女にタオルとドリンクを渡す。もちろん、葉羽くんのもの。百合香ちゃん、と顔を染めて怒るけどまったく怖くないです。へへ、にやにやしちゃうな。ついには、その赤さを手で覆ってしまった小筆ちゃん。かわいいなぁ。恋する乙女。私は、同じ恋する女の子でも、こんなに愛らしく見えないんだろうね。

「おーい、百合香ちゃーん!」

苦く笑みをこぼしていると、バッティングゲージから名前を呼ばれて立ち上がる。返事とともに走っていくと、そこにはぽっこりとした穴が空いていて。ごめん、と先輩が申し訳なさそうに目を伏せている。

「あら、それじゃあ直しておきますね」

「頼むよ、ありがとう」

いえいえ、みなさんががんばっている証拠ですから。それに、今の私はいつも以上にやる気満点。すぐに部室から紐をとってきて、縫い始める。
しばらく、ひとりでその作業に没頭していると、足元にボールがゆっくり当たった。どこから来たのかな。顔を上げると、くきり、首が小さく悲鳴をあげる。結構なあいだ、こうしていたらしい。

視線の先には久遠くんがいて。きっと彼が投げたのだろう。彼に声をかけてボールを投げ返さねば。息を吸った瞬間。

それは、意味を成さなくなった。

久遠くんが、あの久遠くんが。見たこともないような冷たい眼差しで、友沢くんを見ていたから。一度持ち上げたボールは、再び足元に戻る。どこか、不穏ななにかを感じたのは確か。

「く、久遠くーん」

けれど、名前を呼べばいつもの優しい顔に戻っていて。私に向かって走ってくる姿は、久遠くん、そのまま。

「東野さん、なんですか?」

にっこり。紫色の綺麗な目がキュッと細くなる。やっぱり、気のせいかな。うん、きっと、そう。あわててしゃがみこみ、ボールを手にとった。

「これ、転がってきたから。はい」

「わあ、ありがとうございます!」

振られた右腕からのノーコンな球も、ちゃんと捕ってくれて。気づけば、違和感もどこかへ飛んでいた。
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