青春プレイボール!

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友沢くんの足が向かったのは、2年3組。もちろん、日曜日とあって誰もいない。

「東野」

「……はい」

「もっと自分を大切にしろ。……男は、お前が思っているほど優しい生き物じゃない」

「ごめんなさい……」

打撃も守備も走塁も、すべてしっかり熟していた彼が、なおかつ私の心配までしてくれている。またひとつ、素敵なところ、すごいところに触れて苦しくなった。ちりちり、自分と比べてしまう苦しみ。それに嫌気がさして、視線を逸らした。それに気づかない友沢くんじゃないのにね。

「どうしたんだ」

「な、なにが」

「最近、おかしいぞ」

険しい顔つきを崩さない。それでも、うかがうような包容力のある目に、成すすべのない私。曖昧に復唱することしかできなくて。おかしい。それはきっと、私の考えてることにうすうす気づいてるのだろう。友沢くん、こういうことは鋭いから。

「おかしい、かな」

「俺が見る限りでは、な」

「そっか、ごめんね。彼女失格だね……」

「……なに、言ってるんだ」

ああ、またグラウンドで見せたような顔になっちゃった。怒ってるようにも見える友沢くん。……全て、話した方がいいのかな。でも、これを口に出したらどうなるのかな。面倒な女だって、思われる?いやなやつだって思われる?……いえ、ダメよ。またこうして保身に徹する気なの、わたし。話さなきゃ、なにを思われたって。震える手をぐっと、握りしめた。

「わたし、いろいろ考えたの。友沢くんみたいな、すごい人の隣にいること……できるのかなって」

「…………」

「友沢くんは、慕ってくれる後輩も、雑誌にも載って、有名人で……ファンのひとも、いて。それなのに、わたし、なにもなくて」

震えるのは手だけじゃない、口もだ。友沢くんを見ると、腕を組んで聞いている。表情は、変わっていない。

「だんだん、みんなが……わたしって、個人より、友沢くんの彼女って見ることが、か、なしくて……」

目が熱い。鼻がむずかゆくなる。ダメだよ、泣くな。そんな意志とは別に口元が揺れる。もう、ダメだって。つい、下を向いた。

「……やっぱり、あの時はそんなことを考えてたんだな。おおかた、予想はついていたよ」

ああ、やはり気づかれてたのか。デートしていたのに、楽しくしなきゃ、だったのに。東野、と呼ばれる声がやさしすぎて。ちっぽけな勇気で、ゆっくりと顔を上げた。そこには、声のように目をやわらげた友沢くんがいる。

「俺は、お前がまぶしいよ」

「まぶ、しい……?」

予想外の言葉に、目を丸くする。それと一緒に、瞳を涙の膜が覆って。彼がよく見えない。それでも、なぜか。穏やかに笑っている、それがわかった。

「あぁ。いつも部員のことを考えて、一生懸命支える東野が、まぶしい」

映画館のときのように、かたい指が目尻をなぞる。

「ドリンクを改良していたのも、料理を作るのも。……どれだけ俺たちが、助かっているか。
クラスでも、アイドルをやっていたしな」

「そんな、料理だってすごいものじゃないし、文化祭もセッちゃんが勝手に推薦しちゃっただけだから……」

「それでも、俺よりずっと輝いてる、お前は」

「…………」

指がほんのすこし、揺れた。友沢くんにはかなさが生まれて、目を離せなくなる。

「本当、妬けるよ」

緩く弧を描いた口と、下がった眉。さらに近づいた彼が、もう一歩。至近距離で視線が交わる。繋がった頬と指が、熱くなる。

「……なんてな」

冗談。それが本当かどうかなんて、綺麗な緑色の瞳が物語っている。それなのに、友沢くんは私に背を向けて。戻るか。とひとこと。

私は、とっさにその腕を掴んでいた。
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