青春プレイボール!
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瞬鋭高校との試合ののち。小筆ちゃんのノートのために気づいたことをまとめていた。レギュラーが必死に練習する中、細かい時間を見つけて部室でひとり、机に向かう。そんな私を気にかけてか、開いたドアから入ってきたのは、首にタオルをかけたみずき。とっさに書いていたものを裏返しにする。
「百合香、何してんの?」
「んー、ひーみーつー」
当然、むっとした表情で座っている私の頭に頬杖をついた。その顔には、どうも弱い。
「えぇ、なによそれ。親友に隠しごとなんてナマイキよ!」
「もう……それを言われたら私がなにも言えないの、わかってやってるでしょ」
「ふふん、百合香のことなら手に取るようにわかるわ!」
「みずきにはかなわないなあ」
へへ、と強気に笑う彼女は、私の上から手を伸ばす。もはや抵抗する気もさらさら無くなっているそれは、難なく捲られた。質素なルーズリーフに書かれた字をまんまるの愛らしい目がなぞる。
しかし、しばらくそのままでいると、みずきの目はだんだん据わっていく。いやな予感。
「これ、瞬鋭戦のデータじゃない!」
「そ、そうよ」
「私の出番なかったヤツじゃん!」
「そうだね」
「むぅ……」
みずきちゃんは、自分が出てない試合に興味はないらしい。さすがというか、なんというか……それでも、部員から愛されるこの子がうらやましい限り。というか、私の頭の上でうつ伏せるのやめてもらえないかな。首がいたい。
「もーっ、監督ってば見る目なーいー。とゆーか、ここに書いてあるあおいさんのデータ。カーブのキレもそうだけど、コントロールも荒れてたわよ。どっちかっていうと、そこをつかれて打たれたカンジ」
だが、力なく吐かれた言葉たちに私の顔が彼女を向く。ぱっと上に乗っていた腕が離れて、私とみずき。色の違う瞳がばちり。つまらなさそうな顔だ。
「そうなの?」
「そーよ。ま、スタンドからじゃわかりづらいかもしれないけど」
「そっか……マリンボールは打たれてなかったけど、カーブばっかり打たれてたから」
「カーブはあまい球が多かったわよ」
すごい。ベンチで見る試合とスタンドで見る試合。まるで別物だ。ほー、と感心していると、その視線に気づいたのか。みずきが腕を組んで胸をはる。
「ねえ、みずき。他にも試合中に思ったこと、ある?」
「えぇー……私が出てない試合の話より、クレッセントムーン見てよ百合香ー!」
まったく、だだっ子なんだから。やれやれ。立ち上がって、ちょっと付き合ってあげましょうか。意図が彼女に通じたのか、机から離れた腕に絡んできた。わかってるぅ。にんまり顔。私もあまいなあ。のせられるように部室を出た、その時だった。
誰かの怒号。突き刺さったのは、緩みきっていた耳。私もみずきも驚きを隠せず、その顔を合わせた。どっちから。あっち。無言の会話を交わして、どちらともなく駆け出す。
聞いたことない声、身の毛がよだつような。誰のものだろう。少し高いけれど地をはう威圧感。
その震源地には人が集まっていて、なにかがあったことを示していた。その人だかりの中にいる後ろ姿に声をとばす。
「葉羽くん! 矢部くん!」
「百合香ちゃんとみずきちゃん!」
「なんかあったの!?」
「久遠くんと友沢くんがケンカしてるらしいでやんす!」
浮かんだのは、友沢くんに対する無表情の久遠くん。ひとりでに体は人だかりの中につっこんでいた。するする大きな部員たちの合間をぬう。入学式の時はみずきがこうしていたはずなのに、火事場の馬鹿力か。彼女も追いつけないほど素早くその中心へ。
そこには、たしかにふたり。久遠くんと友沢くんがいた。
「やっぱり、納得できません!」
「……俺が話すまで、待つんじゃなかったのか?」
「そう思っていました。でも、僕がどんな気持ちでいたか、わかりますか!」
今にも、友沢くんに掴みかかりそう。止めなきゃ。ふたりのもとに、行こうとした。……行けなかった。
誰かに、後ろから止められたから。
「……葉羽くん」
「百合香ちゃん、待ってよ」
女の子にとっても温厚な葉羽くんなのに。いつもより、ずっと強い力で私の手首を掴み、ずっとするどい目をしている。彼に逆らうなんて手段はなく、私の手は重力のままぶらりと下がった。
「知ってるの? 久遠くんと友沢くんの間に、なにがあるのか」
「いや、くわしい話は知らないよ。でも、久遠が友沢を見ていた時、気になってね。……まずは本人たちが話してから、様子を見たほうがいいんじゃないかな」
私に顔を合わせずに言う葉羽くん。そのまま、俺がなんとかしますからと部員を追い払っていて。あわててそれに加勢した。少なくとも、見せものではない、よね。