青春プレイボール!
□42
3ページ/4ページ
5回にビッグイニングを迎えたおかげで、先発の烏丸くんをノックアウト。その後も点を重ねて、瞬鋭高校に7-2と快勝。うちは、ここに相性がいいみたい。
完投勝利をかざった久遠くんが、嬉しそうに友沢くんに駆け寄っていく。はっ、そういえば友沢くん、今日は5打数4安打。辛口でも調子が悪いとは言えない。……ということは、デート。恥ずかしくなって、目を逸らした。
高校に帰ってきて、解散の挨拶。このあとは、今日のデータを小筆ノートに写さねば。
そんなことを考えていると、珍しく携帯が震えた。誰だろう。ポケットに手を差し込んで耳に寄せると、百合香、と囁いたつい先ほど聞いた声。
「試合、すごかったよ。パワフル高校は強いんだね」
「ふふ、まあね。……あ、泊まりのことだよね」
「そうそう。僕、百合香の家も知らないで来ちゃったから……」
「もう、相変わらずだなぁ雅は」
「だって、百合香がマネージャーなんて聞いたんだもん」
子どものように高くも低くもない声を漏らす雅。けれど言動が女の子なものだから、クスリと口元が言うことを聞いてくれない。
住所を教えると、地図で調べながら来るとか。雅なら、大丈夫だよね。用件を伝え終えた携帯が、じゃあねと切られた。今日から雅と一緒か。楽しみだな。
「百合香、マネージャーのしごと?」
「うん、先に帰ってていいよ」
「そう……わかったわ」
「ごめんね、また今度一緒に帰ろう?」
以前、うちに泊まっていたみずき。寂しそうな顔をしたあと、もちろん!と歯を見せてくれた。彼女に手を振って見送ると、小筆ちゃんの白い手に招かれて部室へ。うん、もう部員はいないかな。
「よし、書きますか!」
「うん。がんばろう、ね」
机について、ぐん、とのびをする。小筆ちゃんはすでに手元のボールペンを走らせているし、私もやらなきゃ。
久遠くんのスライダー、よかったね。うん。でも、打たれ弱さが目立ったかも。なるほど、じゃあ葉羽くんはどうかな。うーん、エラーがあったから守備、だね。
スタンドとベンチ、違ったふたつの視点から試合のことを話していると、どんどん膨らんでいく瞬鋭戦。やがて、私が見ていたゲームの内容はかなりうすっぺらかったのだと思うほど、奥行きのあるデータができて。
辺りももうまっくらだ。それほど、熱中していたみたい。
「はー、おわったぁ」
「おつかれさま、でした」
ノートを閉じて、小筆ちゃんと帰り支度。満足感に身体がどっと疲れた気がする。校門を出て、じゃあね、と交わすと、なんだか無性に幼なじみの行方が心配になった。
いそいそと携帯を取り出すと、その瞬間に手元が揺れて盛大に鳴る心臓。なんてタイミングなんだ。一度深呼吸をしてから液晶を見ると、そこには好きな人の名前。とたんに約束のことを思い出して、身体が熱くなる。誰も見ていないというのに、制服の袖で頬を隠しつつ、電話に耳を当てた。
「はい、友沢くん?」
「東野さん!」
「わっ、久遠くんか」
安心したような、残念なような。彼の携帯を持っているのは、久遠くんらしい。顔に当てていた腕を下ろすと、家に向かって足を動かした。ガサガサとした機械音ののち、少し低めの声。
「いきなりですまない」
「ううん、どうかした?」
「久遠が、お前の携帯番号を知りたいとうるさくてな。教えても大丈夫か?」
笑い声まじり、きっと、困った顔をしているんだろうな。私の電話番号なんて、久遠くんになら無断で教えても構わないのに。律儀なひと。彼らしさに、ひとり口角を上げていると、電話の遠くの方から「東野さん、お願いします!」と明るく聞こえた。
「構わないよ、わざわざ聞かなくてもいいのに」
いっそう高く喜ぶ久遠くん。ふふ、かわいいな。本当に、仲がいいふたり。主に葉羽くんのおかげだけど、こうした先輩後輩の姿、すごくいいなぁ。
「ねえ、ふたりは今なにをしているの?」
「久遠の球を見てやってるんだ」
「えっ、今日登板したのに大丈夫なの?」
「……俺が見てるんだし、問題ないだろう」
少し心配になったけど、元気な「友沢さーん!」が聞こえてきて、安堵する。彼の年下特有の可愛らしさは健在。どこか放っておけない、そんな母性本能をくすぐる一面がある。……友沢くんも、私と同じ気持ちで久遠くんを見ているのかな。いや、それはないか。
「そういえば明日、練習も試合もなかったな」
「うん、そうだね」
「……出かけないか」
消え入りそうな声が漏れた。久遠くんが、電話の向こうから嬉しそうな声をあげる。以前もあったような気がする、急なお誘い。
「あの、友沢くん、その……」
「東野が言い出したんだろう。今さら無かったことにはできない」
「わ、わかってるよ」
けれど、家には雅がいるわけで。彼女をひとりにしておいていいものか。
もんもんと悩む頭をそのままに、家の前までたどりつく。そこには、学ランに身を包んだ美少年が立っていて。
「百合香、おかえり。家に来たはいいけど、カギも何も持ってないから、中に入れなかったよ」
反射的に、通話終了を指で叩きました。雅の声は聞かれていないはず、だよね。