青春プレイボール!

□44
2ページ/4ページ



「なんで、あんたが百合香の名前を呼んでるのよ、どういう関係なの!?」

「えっ、よ、呼んじゃいけないの……?」

「みずきっ、ただの幼なじみだよ!」

ああ、もう。最初に波乱の予感がしたじゃない。さっきまで、営業スマイルととろけてしまいそうな声で雅に接していただろうみずき。とたんに本性を露わにして、彼女が着ていたシャツの首根っこに掴みかかった。ど、どうしよう。今は文化祭の最中だし、他のお客さんもいるし、雅に触れたら女の子だってばれちゃうかもしれないし。問題は山積み。とにかく、この場を離れよう。

「失礼しましたー!」

「ま、待ってよ百合香!」

投げやりだがもうしわけほどの挨拶とともに、雅の細い手首をとって、そそくさと教室をあとにした。去り際に見えたのは、猪狩くんの驚いた顔。……そうだ、私は女の子だってわかっているけれど、彼からしたら、告白した人が異性の手を引いているようしかに見えないんだ。頭がヒヤリとした。友沢くんを想っている私が言えることではないけれど、また、猪狩くんを傷つけた。
それでも、あの教室から離れようと廊下を歩く足は止まらない。私よりずっとお似合いで、素敵な人と猪狩くんが、はやく出会えたらいいな。そんなことを、願うことしかできない。

「……百合香?」

「あ、雅……ごめん」

考えごとをしていたからか、彼女に力を加えていたみたい。手を離すと「どうしたの? ぼ、僕、なにかしちゃったかなぁ……」と不安そうにうつむく雅が目に入って、あわてて否定した。やめよう、文化祭だもの。楽しまなきゃ。猪狩くんに心の中で謝罪して、この話はもうナシ。私がどう動いても、彼を助けることなんてできないのだから。

「ねえ、どこに行きたい?」

つとめて明るく話しかけると、なにかを感じとったのか彼女は私より愛らしく目を弧にして、あっち、と人差し指を突き出した。

「1年生の教室ね」

「うん! パンフレットには、このクラスがやっているお化け屋敷なんて……どうかな」

「え、お化け屋敷に行くの?」

「そ、そう。百合香もいるし……」

「うーん、まあ、行きたいなら……」

廊下を歩きながら話していると、2組の男の子に呼び止められた。ああ、そのことですね。この人は幼なじみです。相手が相手なせいか、私と友沢くんのうわさは広く知られているらしい。その指すほうへ向かう間も同じ学年の人に会うたび、声をかけられる。

「すごい、友沢くんとの付き合いは公認なんだね」

「あっちがすごい人だからね……雅も知っていたことには、びっくりしたよ」

「だって、この前の週パに載ってたから……」

あの、夏大会前特集のことかな。パワフル高校が週刊パワフルスポーツに載るのは珍しいことでもないけれど、やっぱり個人で取り上げられるのは、猪狩兄弟と友沢くんくらい。
ふと、左に目を離すと、黒い怪しげな看板が入ってきた。ここか、雅が行きたいって言ってたところは。彼を見れば、えへへぇ、と頬をあげている。しかたなく、中へ入っていった。私を先頭にして。

……一気に光が遮られたな。隣の顔くらいしかはっきり見えない。温度も下がってるらしく、雅が腕に擦り寄ってきた。

「うぅ、百合香……」

「もう、しっかりしてー。雅が行きたいって言ったんでしょ」

「だってぇ……」

こうなることはわかっていたはず、なんだけどね。あまりにも変わってない。そうです、彼は、少女マンガの世界に出てくるようなほど、女の子らしい女の子。彼女の影響からか、私は怖いものに関して可もなく不可もなく。
とにかく、ここでは私だけが頼りだぞ。足元に気をつけて進んでいくと、ぼんやりと灯りが視界に入る。それを道しるべに歩いた先には、着物を召した女性の姿。ろうそくが二本、その中央で正座をしている。背筋をぴんと伸ばしたむらさき色の髪が揺れて、こちらを振り返った。白い肌に、赤い瞳、もしかしなくても……そう思った時には、すでに彼女が無表情で口を開いていた。

「ここは、人間どもに荒らされた妖怪の世界。貴様たちを生きて帰すつもりはない」

「聖ちゃん……」

「私は聖ではない。妖怪だ」

わあ、本格的だなあ。まったく表情を変えないで、いわゆるお化け屋敷の諸注意をする彼女は、どこか人間味がなく、本物の妖怪だという錯覚に落ちてしまいそうになる。現に、落ちた人がひとり、雅だ。私の腕にしがみついて離れようとしない彼女に、大丈夫だとなだめると、目を潤ませて見上げられた。……本当に大丈夫かなあ。無責任なこと、言っちゃったかも。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ