青春プレイボール!

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「こ、怖かった……百合香は怖くないの?」

「怖くないわけじゃないけど、ここまで怖がる雅を見ていたら、なんか落ち着いてきちゃって」

なんとか出口までたどり着いた私と雅。目を閉じて疲れきった顔しているけど、そんな顔をしたいのはこっちです。どっちが男の子なのやら。あ、どっちも違うのか。

「じゃあ、次はちょっとゆっくりしようか」

「うん。えへへ、僕おなかすいちゃった。なにか食べたいなあ」

「あれ、さっき喫茶店に行ってたよね」

「あぁ、あれはあの女の子に連れていかれただけだから」

みずきのことか。それにしても、2年3組には戻れない。どうしようか。雅を見ると、なあに?と微笑んでいる。なにかに巻き込まれそうな顔だ、人混みはさけた方がいい、よね。

そう考えた私が彼女を連れてきたのは、いつも使っている教室。私のクラスは演劇だけだから、ここは文化祭から切り取られたような場所。けれど、そこにはふたり、先客がいた。

「百合香ちゃんでやんす!」

「あれ、どうしたの?」

まんまるメガネの矢部くんと葉羽くん。ふたりが、教室の床で座り込んでいました。どうしたのか聞いてみると、矢部くんの劇中役が窮屈な体制を貫くものだったらしい。見事に足を痛めてしまって、そこから動けないのだとか。

「あ、あの、大丈夫?」

「み、雅ちゃん……」

横にいた彼が矢部くんの前にしゃがみ込むと、メガネ越しにぽ、と顔を赤らめた。雅ちゃんと呼んでいるあたり、男の子として見られてないみたい。

「雅ちゃんって言うんだ?」

「小山雅っていうの。男の子なんだけどね。私の幼なじみだよ」

「えっ、男の子!?」

「そうそう」

「見えないなー、かわいい」

男の子として見えないのは、葉羽くんも同じ。でも、無理もないと思います。だって、雅は投げ出された矢部くんの足に触れて、そっと顔を寄せてるんだもん。

「いたいの、いたいの、とんでいけーっ」

あっ、矢部くんがやられた。両手で顔を隠す彼の方が、上から見ても、よっぽど女の子に見える。本当に怖いなぁ、私の幼なじみは。ふっと息を吐いた、時だった。

突然、うしろに腕がさらわれて。ぐんと矢部くんと葉羽くん、雅から距離ができる。
なに、なんなの。気づいたときには、もう一本飛んできた手で、口を覆われた。
葉羽くんが「百合香ちゃん!」と、あわてて眉を寄せて立ち上がる。なんとか自由がきく目を動かすと、いやらしく笑みを浮かべた男の人。知らないひとだ。危険を感じて、身体の芯がひやり、どうしよう。こういうことを怖いって言うんだよ、雅。手が、震え始めた。

「どうしてこんな人影もないところにいるんかねぇ、襲ってくださいって言ってるようなモンじゃねーか」

葉羽くんが男の人に掴みかかろうとするけれど、その人は、私付きにも関わらず軽々と彼を床に倒した。強い、こんなとき、聡里ちゃんがいてくれたら。いや、聡里ちゃんじゃなくてもいる。彼女と互角に拳を交えた人。とっさに、目の前の手にがぶりとかみついた。声になりきれなかった音をあげて、口が開放される。

「葉羽くん! 友沢くんを呼んで!」

床に手をついていた彼は、私の言葉にすぐ立ち上がって。返事をするのと同時に教室を出た。ほっと安心したのもつかの間。

「おら、さっさと屋上にでもいくぜ」

さっきよりずっと強い力で、顔を掴まれる。鼻がつぶされて苦しい。ほっぺに爪が食い込んで痛い。泣いてしまいそうになるのを、必死にこらえた。ここで動いたらだめ。友沢くんが来るまでの、辛抱だから。彼ならきっと、なんとかしてくれる。
しかし、覆われた指の間から見えたのは、男の子にしては低くて華奢な彼女、雅だった。

「……百合香に、手を出さないで」

両手を広げて、私と男の人の前に立ちはだかる。目は合わない。金色の瞳は、まっすぐと私のななめ上を見ている。そこから、ヒューッと軽い口笛が震えた。

「かんわいい顔してんじゃん。男にしておくにはもったいねぇなー」

「雅ちゃん! ダメでやんす!」

「あー、こいつが女だったら上物なのにさぁ。この女よりずっとイケてんじゃん」

いっそのこと、この美少女クンも混ぜるかぁと漏らす男に、頭が熱くなって。この、と口を開こうとしたけれど、それはかなわなかった。雅の手が、先に動いたのだから。私を掴む大きな腕に。

「百合香を、離して」

「へぇ、度胸はあるんだなァ」

男は私を放りなげて、雅と対峙する。床にたたきつけられた私は、すぐさま身体を起こしたけれど、そこには男が右手を握りしめ、頭の横に引いて。見たことのある光景。でも、あの時と違って、ここに葉羽くんはいない。どうしよう、どうしたらいいの。あの時と同じなのはただひとつ、私が、目をギュッと閉じたことだけだった。
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