番外編

□負けられない
1ページ/1ページ



へえ、東野が、ね。
僕の視線の先には、ノックを受ける友沢をうっとりとした目でながめている東野。友沢ねえ。……他のマネージャーは僕の名前や肩書きや外見、家庭環境を見て、勝手に寄ってきたというのに、僕じゃなくて友沢のところに行くとは。しかも彼女、部活見学の時は、僕や友沢とはロクに関わっていないじゃないか。クラスの時だけだ。しかし、友沢にあんな目が向けられるのは、正直不快だ。もちろん、彼女に恋愛感情は持っていない。が、僕という逸材が近くにいながら。
しかし、友沢のノックが終わると、彼女は先輩たちに囲まれていく。そうか、好意というより、プレーで魅せられていたんだね。まあ、友沢らしい。だが、それならなおさら腹が立つ。僕だって劣ってはない。むしろ秀でている自信すら持っている。
彼女のもとに、友沢が近づいた。なんとなくそれを見ていると、いつもどおり、東野の笑顔。ああなんだ、変わらないね。そう思った矢先、東野が友沢に距離をなくす。明らかに、周りとは違う雰囲気につつまれ始めるふたり。目を糸のように細くしてふたりをじっと見た。次に見えたのは、彼女が友沢を通り過ぎていった姿だった。
東野を見ていると、友沢に野球で負けた気になる。そんなこと、僕にとって一番らしくないじゃないか。僕のプレーで、東野の視線をねじまげてやりたい。

「兄さん?」

「なんだ」

「ぼーっとしてるね」

進は大丈夫かと聞かないあたり、おおかた何かに気づいているのかもしれない。カンが鋭い弟を持つことは、ときどき癪だ。しかし、今日は別。察しのいい弟を持ってよかったよ。進がいてこその猪狩兄弟。僕たちに敗北などありえない。

「進」

「なに? 兄さん」

「猪狩兄弟の実力を見せつけてやろう。友沢と勝負だ」

「……うん、わかった。最高のリードをするよ」

さすが、僕の弟だ。何も言わなくてもすべてお見通しらしい。ミットに右手のこぶしを打ち込む姿と、ふしぎそうに東野が去っていった方を目に映す友沢を見比べては、冷笑を抑えきれなかった。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ