番外編

□野球部外勝負
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チャイムが鳴って、目の前の問題用紙を開いた。1問目から教科書の問題を使った応用問題。スポーツ推薦で来ようが、受験して来ようが、受ける問題は一緒。改めてこの高校のレベルの高さを思い知らされたところで、シャーペンを紙の上で踊らせた。勉強はバイトや部活の合間にやった程度だが、落ちぶれるなんてマネはしない。

解答用紙を全て埋めたところで、一息つく。見渡せば、すでに机に伏せているやつがちらほら、忙しなく手を働かせているやつが大半だった。俺はそこそこ早めに終わったらしい。
そういえば。ふと、バイト先で見かけた後ろ姿を見つめる。彼女の手は止まっていて。行き詰まっているのだろうか。
そんな姿に小さく笑みを浮かべていると、彼女の横からくしゃくしゃの紙切れが飛んできた。その方向を見れば、橘が東野を指差していた。橘はもう終わっているのだろう。
東野はそれを苦笑いしつつ受け取って開き、にっこりと親指を立てた。その始終を見ていると、ふっと、東野がこちらを見る。しかし、その目はまっすぐ俺の方を向いているわけではない。視線の先をたどれば、あいつ、猪狩守。

瞬時に心に波が立つのを感じながら、ふたりを見た。すでに解答用紙をひっくり返し、余裕を醸し出して時間を待つ猪狩さん。やつが、憎らしいほど爽やかな笑顔を彼女に送る。と、東野は笑って小さく手を振っていた。
その手を、笑顔を、なぜか俺に向けたくなった。東野は、猪狩さんに手を振ったあと、くるりと試験に戻り、シャーペンを再び握る。
視線をもう一度猪狩さんの方へ向けると、かちあった。にやり。さっきの爽やかなものとは程遠い、挑戦的な顔。それをひと睨みして、腕を組む。くそ、なぜ猪狩さんが東野を抱きしめた時のことなんか考えてるんだ。

あの時、東野を猪狩さんが抱きしめた時、言いようのない不安、焦り、不快な感情に支配された。隠しごとがばれてしまったような、気まずそうな東野の顔。そして、猪狩さんが彼女の耳元で百合香、と呟いた時、頭で考えるより、表情に現れた。東野を離せ、と。
もういちど、ひときわ暗い黒髪に焦点を合わせると、にぎったペンが時々動いたり、消しゴムに持ちかえたりとめまぐるしい。こころにさざめいていたものは、いつしかおだやかに揺れていた。

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