番外編

□ハレンチな世界 1
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 あるとき、目を覚ましたら知らないところにいた。起き上がって辺りを見渡すと、勉強机、男ものだろうか青いベッド、テレビがある。どこから見ても、誰かの部屋だろう。
 となりには、東野もいる。目を閉じている彼女を起こすと、俺と同じ反応。どうやら、ここは彼女の知っている場所でもないらしい。一体どこなんだ。考えていると、東野が床に手をつきながら立ち上がる。その時、背を向けた彼女の着ていたスカートに異変を発見した。
「……お前、なにかしっぽみたいなものがついてるぞ」
 そう、ゆらゆらとゆらめく黒いしっぽ。先の方はトランプのスペードのような形をしている。あの裏表の激しいチームメイトについてそうなそれは、目の前で手を振るものだからついつい手が伸びて。がしりと掴んだ瞬間だった。
「ひゃあんっ……!」
 あわてて手を離す。同時に、東野が口を手で覆っていた。なんだ、今の声。明らかに、その、艶めかしい声だった。初めて聞いたものだから、赤面せずにはいられない。しかも、そのしっぽがピンと上を向いて、スカートが捲くれている。だから、その。
「み、みずいろ……」
「……友沢くんのバカっ!」

 ……不可抗力だと思いたい。しかし、俺の頬は見事に赤く手形ができている。なおも東野は申し訳なさそうにするものの、思い出してかぷい、と顔を逸らした。耳が赤い。
 部屋を出て階段を降りると、ピンク色の髪の女がいた。まずい、不審者だと思われて通報される。背中を冷たい汗が伝った。しかし、その女は、俺と東野を見ても、悲鳴もあげずに。
「ごめんなさい!」
 むしろ、謝ってきたというのだ。
「そ、そんな、こちらこそお邪魔しちゃってごめんなさい。私たち、どうしてここにいるのかまったくわからなくて……」
「……謝るより、どういうことか説明してくれ」
「友沢くん、そんな言い方はないよ」
 女に冷たい眼差しを送るものの、東野に制された。しかし、この女が謝ってきたということは、なにかを知っているということ。俺や東野には、知る権利があるだろう。目に角を作った。「そのほっぺたのせいで、ちっとも怖くないけどね」東野には、不可抗力だと声を大にして言いたい。
 女は神妙な顔つきになり、おちついて聞いてくださいと呟いてから口を開く。
「あなたたちは、この世界の人間ではありません」
 絶句。この世界の人間ではない。そんなもの、信じられるか。女に返すものの、そいつはゆっくり首を振るだけ。そして、なんの迷いもなく、言葉を続けた。
「私のお姉様の発明品が誤作動を起こしまして……あなたたちがこちらの世界に引き込まれてしまったようなのです」
「……そ、そうなんですか?」
「おい東野、信じるのか?」
「だって……この人、真剣な顔をしてるから……」
 なんてお人好しだ。……しかし、俺もこの女が嘘をついているようには思えない。それくらいに、女の目はまっすぐとこちらを向いている。……信じるか。要するに、異世界に来てしまったわけだ。東野とともに。重い重いため息をついた。
「わかった、俺たちは異世界の人間なんだな」
「信じていただけるのですか!?」
 女の目が大きく開かれて、光を宿した。それに東野が笑顔で頷くと、女はその手を取った。そして、聞いた話によるとモモ・ベリア・デビルークというらしい。ここは西洋かなにかか。そう思った矢先、ここの住人がやってきて東野に抱きついた。なんだ、この橘2号は。彼女はララ・サタリン・デビルークというのだとか。モモいわく、コイツが発明者。まずは謝罪しろ、謝罪。
 ララから「えへへぇ、ごめんねぇ〜!」と謝罪とは言いがたい言葉を返されたのち、なんとここの住民は俺たちのように苗字と名前がある人間だということがわかった。結城という兄妹がここの家の持ち主であり、ララやモモ、ふたりの間、次女であるナナ、そして植物のセリーヌは宇宙人らしい。……現実味がなさすぎてよくわからないが、東野がこくこくうなずいていたから、俺は聞き流しておこう。

 結城家に来て、一部屋を俺と東野用に貸してもらって。言うことはないといえばないのだが、せめて、学校には行っておきたい。東野がそれをモモに伝えたところ。「百合香さんが校長先生におねだりすれば大丈夫ですよ」と、笑顔で答えたという。本当だろうか。しかし、何もしないわけにも行かないため、こうして半信半疑で彩南高校の校長室に東野といるわけだが。
「百合香ちゃん可愛い! 可愛いから入学オッケー!」
「あ、ありがとうございます……。それと、こっちの友沢くんも……」
「百合香ちゃんの頼みならワシ、なんでもしちゃうよ!」
 本当に通ってしまった。校長は東野が入ってきた瞬間、女の子! と声を上げ、始終このテンション。女に目がないふたりのチームメイトを思い出す。葉羽と矢部は、今日もエラー三昧なのだろうか。
「ところで百合香ちゃん……」
「はい……?」
 突然しおらしくなった校長。無性にイヤな予感がする。嵐の前の静けさのような。何も気づいてなさそうな東野の肩をさりげなく抱いて様子を見守ると、案の定だった。
「ワシとぜひお茶でもー!」
 校長先生が座っていた椅子を飛び出しながら、東野に飛びかかって来たのだ。ひとつ、想定外だったのは、服を脱ぎだしたこと。なぜ脱ぐ。東野はおばけを見たかと悲鳴をあげて俺の首に縋ってきて。こんな状況にも関わらず、鼓動が鳴った。しかし、それを堪能している暇はない。彼女に男らしいところを見せるためにも、軽くひとこと挟んだのち、東野の膝裏に手を入れた。
「友沢くん!?」
「……我慢していてくれ」
 驚いた素振りを見せながらも、首に手を回して、頭をすり寄せてきた東野。それに、胸の奥からわきあがる甘さに酔いしれそうになるものの、ぐっと抑えて走る。ランニングの時よりも、ずっと身体は軽かった。
「百合香ちゃーん!」
 後ろは重苦しいが。
 校長を撒くのは、そう難しいことではなかった。言われた通りに2年生の教室に入ると、金髪の女の先生が迎えてくれた。自己紹介をうながされ、東野が結城家に居候していることを話すと「ララちゃんと一緒かあ」なんて声が聞こえてきて。この世界の人間は順応性が高い。拍手とともに東野がほほえむと、俺にバトンが渡された。東野が話してくれたことが大半だから、名前くらいでいいだろう。淡々と話し終えた、時だった。
 クラスの女子が数名、一斉に立ち上がったのだ。俺も東野も、驚きで後ずさる。下を向いていた女子達が顔を上げて。
「友沢くんかっこいいいい!」
 あろうことか、俺めがけて走り出したのだ。なんでだ。どうしてだ。つっこみたいところはたくさんあったが、とっさに東野の腕を引いて教室から逃げ出してしまった。「なんで私までー!?」喚く彼女には悪いと思っている。
 さらに、女子たちは校長よりしぶとかった。なかなかあきらめてくれない。……そのうえ、手を引いている東野が限界そうで。また横抱きにしてやろうかと考えていると、目の前に救世主が現れた。
「この中に入って!」
 虹色の光を放つフープのような機械を持つララ。助かるのなら、この際どうでもいい。彼女に礼を言うと、俺と東野は迷いなくそこに飛び込んだ。

 しかし、それはとんでもないことの幕開けであった。気がつくと、目を閉じた東野の顔が目の前にあって、あわてて離れようとするが、それはかなわなかった。なんだこの狭い空間は。動きを取ることすらままならない。ただ、わかることといえば、右手に柔らかいものが、左手には細いものがふれているということのみ。
右手を動かしてみると、小さな突起にあたる。その突起を何気なく摘んでみる。と、
「あんっ! だ、だめっ」
 東野から欲望を煽るような声が漏れて、頭にヒリヒリと反響した。身体が否応なしに燃え上がってしまい、おちつかせようと目を閉じた。すると、くぐもった彼女の吐息が自分の首筋にふっとかかってしまって、ますます熱くなった。くそっ、目を閉じるのはやめよう。……しかし、どこを見ればいいのか。今きづいたことだが、なぜかお互いに服を着ていない。裸で、好意をよせる女と密着している状態。俺にはない彼女の肌のやわらかさ、なめらかさが本能を逆なでする。俺だって健全な高校生だ、ちらりと東野の体を盗み見た。
「と、友沢くんっ……見ちゃ、だめっ」
「! す、すまない……!」
 そんな甘くて切ない声じゃ、説得力がない。俺の耳がくらくらと欲望を身体中に広げていく。こんなとき、どうすればいい。どうやっておちつけばいいんだ、誰か教えてくれ! 俺の右手によって形を変えられた白い双丘。そのやわらかな感触は今もなおダイレクトに伝わってきて。まずい、意識したら余計に昂ぶってきてしまう。……右手をまさぐれば、彼女の女としての姿が見れるのだろうか。いや、はあ、俺、何を考えているんだ! そんなことをすれば性犯罪者じゃないか! しかし、東野の息遣いと体温で、このままどうにかしてしまいそうだ。……おちつけ。右ばかり意識するな。左に集中しろ。左手を、ほんの、だ。ほんの少しだけ動かしてみた。
「あっ、だめっ……しっぽは、や、んっ」
 くっ、しっぽだったのかこれは。聞いてないぞ。ということは、右も左も彼女の恥ずかしい場所をさわっていることになるのか。ああ、意識するなと言ったはずだろう、俺。しかし、俺だって男だ。東野の胸は思いの外大きいだとか、右手の指を動かしてしまいたいだとか、そんなことを考えるのは無理もない。……いや、なに正当化しようとしている。
「と、もざわくん……どうしよう」
「お、俺に聞くな!」
 なぜ、なぜそんな目をするんだ。涙がたまった黒い瞳。てらてらと朱がさした顔。瑞を含んだ唇、身長差のせいか下からむんとにらんでくる東野。……いや、そんな顔、にらんでいるというより、ねだってるようにしか見えない。かわいい。そんなに煽らないでくれ、頼むから。
 もう限界だ。欲の塊だって、質量をもってしまっている。このままじゃ、理性が決壊して東野を獣のごとく襲ってしまうだろう。なんとか、考えろ、考えろ。
「はあ、はあ……」
「東野、だ、大丈夫、か」
「う、うん……なんか、身体が熱くて……」
 友沢くんは、熱くない? など。なんなんだこの女、襲ってほしいのか、そうなのか、そうなんだな。熱くないわけないだろう。熱くてやわらかくて生き地獄だ! しかし、彼女の目もとろんと色気を携えている。……ひょっとすると、東野もそういう気持ちになってるんじゃないか。それなら、俺が手を出しても……だ、ダメだろ。おちつけ。自我に打ち勝つんだ。
 ……とはいったが、打ち勝てそうにない。頭に注射をうたれたように、だんだんと思考が麻痺していって。どうしたらいいのかわからずに、彼女のしっぽにふれていた指が目を覚ました。
「んぁ……だめ、てば……」
 ちょっとふれただけで、これなんだ。そうすれば、どんどん先へ進みたくなるものだろう。それが、俺たち人間に備わった本能、そうだろう。右手も動き始めた、ときだった。
「おふたりとも、大丈夫ですか!?」
 モモがこの桃色の密室を開けたのだ。広がる景色がまぶしくて目が痛い。どうやらここは1年生の教室の掃除用具入れだったようだ。体育の時間なのか、机の上に制服が置いてある。
ナナが持ってきてくれた制服を着ていると、彼女の鋭い視線が俺に刺さった。
「亮、百合香になにもしてないだろうな!」
 ……なにもしてないといえばしてない、のか。いや、したような気もする、けどしていないと信じたい。というより、俺も被害者じゃないのか。黙りこくる俺をどうとらえたのか。
「このケダモノ!」
「まあ……」
 もとの世界に帰りたい。俺にくってかかるナナと、嬉しそうな顔で口元に手を当てるモモ。それを着替えた制服でどこか恥じらいがちながら不機嫌そうに見ていた東野。彼女が背中を向けたまま、口をへの字にして、角をもった目を投げやってきた。
「……友沢くんの、えっち」
 つくづく、この世界に来て良かったと頭の片隅で思ったのだった。
 

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